映画・テレビ

2018.09.05

ニッポン印象派 「風の頂 天空の夏」

Insyoha

 BSプレミアムで、「ニッポン印象派」という番組を見た。穂高の美しい峰々と、空と、雲が、鮮やかに映し出される。まさに、予告通りの「雲が織りなす天空の大スペクタル」を堪能した。

 撮影協力として、宮田八郎さんが出演していた。はっちゃん。・・・・。番組のことを知ったのは、はっちゃんの奥さんが、ブログにお知らせ記事を載せていたから。はっちゃんのブログ「ぼちぼちいこか」は、奥さんが引き継いで続けてくださっている。

 穂高岳山荘の小屋番だったはっちゃんとは、2006年のマッキンリー登山隊で一緒になり、二十日間くらい、山の中雪の中で行動を共にした。経験豊富な、頼れる兄貴分だった。「いつでも穂高に来いよ」と言われていて、その後東京でちょこっと飲んだくらいで、山での再会は叶わなかった。

 はっちゃんが、「海で」行方不明だと知って、それからしばらくして悲しい知らせが届いて、・・・けれど自分は何も出来なかった。それ以前に、穂高に登って、はっちゃんに会いにいかなかったことが、悔やまれて仕方がない。

 番組では、はっちゃんは普通に元気で、これからもまだまだ、カメラを担いで穂高のどこかを歩いているような印象だった。

 吉岡里穂が番組の語り役だったけれど、はっちゃんの奥さんがブログに、「会いたかったでしょうねぇ・・・(笑) 吉岡里穂さんに。」と書いていて、しみじみと、キュンとなって、泣けた。

 はっちゃん、八郎さん。いつまでも山とともにいてください。

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2018.09.02

グレイテスト・ショーマン

Thegreatestshowman

 夏休みに見たDVDで、はまってしまったもの。子どもは既に映画館で見てきていて、(父さんも見たい!)と思っていた。

 貧しくても夢のある主人公バーナム(ヒュー・ジャックマン)が、会社を解雇された後に自ら博物館をオープンさせ、さらにはサーカスを始め、紆余曲折を経て・・・というお話。ジェットコースターのようでもあり、メリーゴーランドのようでもあるバーナムの人生を描く物語も、周りを固める個性的な役者達も、それぞれ輝いていて素晴らしかった。そしてやはり歌が、素晴らしかった。自分の一番のお気に入りは、空中ブランコ乗りのアン(ゼンデイヤ)と、彼女に思いを寄せるフィリップ(ザック・エフロン)との、掛け合いのシーン。ゼンデイヤとエフロンとは、よくディズニーチャンネルとかに出演していたらしい。ゼンデイヤは、空中ブランコをこの映画のために特訓したとかで、本当に夢のように美しいシーンに出来上がっている(と、私は思う)。

 もう一つ、頭から離れなくなった歌が、スウェーデンのナイチンゲール、ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)の歌う、「ネヴァー・イナフ」だ。(ただし、実際に歌っていたのはレベッカ・ファーガソンではなく、ローレン・オルレッドという歌手で、吹き替えのシーンだったとか。)「私は決して満足しない」と力強く歌い上げられるこの歌。サビの部分が、「never enough, never never」という歌詞なのだけれど、子どもが、「ねばねば〜、ねば〜ねば〜」と繰り返し口ずさんでいて、それがヘビーローテーションでしばらく頭にこびりついてしまった。いや、素晴らしい歌なので、嫌なわけではなかったけれど、暑い夏が余計に暑くなってしまったかも。

 隠れたりなんかしない、これが私!という力強いメッセージに胸打たれ、何より自分の居場所はここ!と再認識できる、温かい気持ちになれる、いい映画だった。

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2018.06.18

万引き家族

20180605

 仕事をさぼって(てのは嘘だけれど)、昼過ぎから一人で映画を見てきた。カンヌ映画祭のパルムドールを受賞した「万引き家族」を見た。話題の映画ということで、平日の午後だというのに、席はほぼいっぱいに埋まっていた。

 安藤サクラが、良いよ。ということぐらいしか事前の情報は入れず、見てみた。・・・なんだろ、感動というのではないな、凄くザワザワするでもなく、長かったけれど、それなりにやはり見応えのある映画だった。色々な問題を詰め込み過ぎ、とか、最後がそこで終わりなの、とか、色々な評も出ているけれど、とにかく、役者さん達がそれぞれ味を出して頑張っている映画だった。安藤サクラは、確かに凄く良い。

 見終わって帰ってきて、どうやら是枝監督による同名小説本があることを知る。映画を見て、微妙に納得いかないところや、これはこういうことなのかなと思うところがあったりして、しかしもう一度見るほどでもないと思っていたので、この小説は読んでみたい。「万引き家族」は、登場人物それぞれが、どうしてその名で呼ばれているのか、ということも、作品を理解する手がかりになるので、これから見るという人は、その点にもよく注意して映画を見るといいかもしれない。

 家族とは、家族の絆とは何だろう、ということを考えさせられる映画だった。DVDになったら、子どもと見るか・・・って、PG12指定か。・・・安心して家族で見られる映画、ではないことは、確か。それもまた、家族の問題か。

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2017.10.30

ブレードランナー2049

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 リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」は、1982年の映画で、描かれていたのは2019年のロサンゼルスだった。「ブレードランナー」は、何度も見た。そして、三十数年が経っての、続編である。映画を見る前に、予習として公式サイトで、2019年から2049年までに何が起きたのか(作品の背景の出来事を)勉強した。監督は、リドリー・スコットではなく、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。2時間半を超す、大作。いくらかドキドキしながら見に行った。

 まずまず、面白かった。ブレードランナーっぽさは出ていた。音楽は、ヴァンゲリスふう。(あくまで、「ふう」で、ヴァンゲリスの音楽が好きだったから、ちょっと残念。)ハリソン・フォード頑張ってるなぁと思った。長かった、けれど、わりと時間の経つのを忘れて見入っていた。

 レプリカントと人との境とは何だろう。そういうことを考えさせられる映画だった。以前学校で、生徒にそういう質問をしたことがあった。「生命の定義とは何か」みたいな。AIとか、VRとか、科学技術は進んで、人間に近い何者かが生まれたり、実際には体験していないのに体験したかのような感覚が得られるような時代になった。生きてるってのは、こういうことだって、自信を持って自分は言えるだろうか・・・。

 2017年の現在、自動車はまだ空を飛んではいない。2049年は、どんな世界になっているだろうか。

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2017.10.22

ビデオ観賞

 台風が来て、土日は外に出ないだろうからと、金曜日にTSUTAYAに行ってDVDを借りてきた。4本で1000円になるということで、四つも借りて来ちゃったよ。

Kiminona

 まず、話題作だった「君の名は。」を、娘が見たいと言っていたので。あまり期待もせず、先入観もなく見たのだけれど、これがなかなか面白かった。逆に小4の娘は、難しい、わからない、と言って怒っていた。そうだなぁ、高校生だったら、もっとトキメキをもって見られたのかなぁ。
 突っ込みどころは随所にあった。嫌いだキモイ、と言う人はやはり、不必要な感じのシーンを毛嫌いするのだろうなと思った。俺は全然嫌いじゃないけど。(自分も一種のキモオタなんだろうなぁ、と。)そうした突っ込みどころも敢えて受け入れて、良く出来た青春映画だと思った。
 最後、二人は会わない方が良かったという意見もある。人生はそんなになま易しいものではない。一方で、壮大な再生の物語だと言う意見に、自分は一票入れてみたい。

Konosekai

 アニメ繋がりで、「この世界の片隅に」を見た。こうの史代さんの漫画の映画化だ。広島、呉が舞台ということで、暗くなるかなと思っていたけれど、子どもと一緒に見られた。そして大人の方が、世界観に引き込まれてしまったかも。私たちの今いる今は、こういう時代を経て来ての今日なのだということを、しっかり伝えなくてはと思う。原作本のあとがきで、こうのさんはこんなことを書いている。
この作品では、戦時の生活がダラダラ続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだって幾つも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。〜中略〜 のうのうと利き手で漫画を描ける平和。そして今、ここで見届けてくれる貴方が居るという事。全ては奇跡であると思います。
 決然と生きることにも意味があり、また、飄々としなやかに生きるのもあり、なのだ。

Kimiwaiiko

 三本目、「きみはいい子」。小4の子供たちが描かれるということで、借りてきた。娘と、ワイワイ言いながら観賞できた。いろんな子がいて、いろんな大人がいて、みんな、「抱きしめられたい。」一緒に見ている人を、ギューっとしてしまう、映画だった。
 尾野真千子は、好きな女優さんだけれど、こういうお母さんの役もやるんだなぁと思って見ていた。「虐待」というテーマが深刻なので、見たくないという人もいるかな。確かに、重苦しい映画ではある、かな。
 最後が、唐突に終わってしまうように感じた。つい、救いを描いて欲しかった、と、なま易しいことを考えてしまった。それについては、呉美保監督の言葉がある。
人生は続く、それがこの映画では描きたかったことの一つです。疑問を残すような終わり方にあえてしているのですが、そこを結論づけていろんなことを丸くおさめるような作品ではないと思っているので、人生は続く、続けていかなければいけないんだと思ってもらえるようなラストシーンにしました。
 人生は続く。まさに、その通り。中脇初枝さんの原作本も読んでみたいと思った。

Lion25

 四本目、「ライオン〜25年目のただいま」。実話の映画化だそうだ。5歳の時インドで迷子になった少年が、オーストラリアの夫婦の養子となり、25歳になって、インドの実家を見つけ出すというストーリー。人生は、小説よりも奇、なのである。
 たぶん、優しい養父母と出会えたことが、この子の運命を変えた一つの要因だ。インドでストリートチルドレンをしていたら、映画にも描かれていたけれど、捕まって売られて、下手したら臓器だけ取られて殺されて捨てられてしまうのでは・・・ということも考えられる。またたとえ、優しい養父母に引き取られても幸薄い人生を送る場合があることは、同じ家に養子にやって来たもう一人のインドの子が証明する。だから、自分に人生を変える力があるかどうかということも、大切だったりするのだろう。あとは、最新のITアプリ(Google Earth)を、うまく使いこなせること。
 なんで「ライオン」というタイトルだろうと思っていて、最後にわかる仕組み。佳作。

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2017.05.06

美女と野獣

Beautybeast

 連休中に、子どもの相手をしてあげられなくて(「こどもの日」にも!)、申し訳なく思っていて、それで本人からのリクエストにより、本日、ディズニー映画の「美女と野獣」を一緒に見に行った。

 最近、予習としてアニメ版の「美女と野獣」を見ておいたので、なるほど、ここはこういう感じで映画になってるな、とか思い出したりして楽しめた。良く出来ている映画だった。
 オオカミが怖い、とか、ガストンの悪者ぶりが本当に嫌、とか、事前に聴かされていたけれど、それより何より、誰もが言っているように、エマ・ワトソンが素敵だった。
 可愛らしくて、綺麗で、と言うより、凛とした強さがとても魅力的だった。あぁだから、エマ・ワトソンが、ではなくて、「ベル」という主人公がそういうふうに描かれているということだな。読書を愛し、変わっていると人に言われても自分を失わない、強い女性。

Cinderella

 2年前かな、実写版の「シンデレラ」も、子どもと一緒に見たことを思い出す。あれはあれで面白く見たし、ちょっぴり感動もしたっけ。ただ、本当は「シンデレラ」も、自分の運命を勝ち取る女性であるはずなんだけれど、ベルほど「強い」女性という印象ではなかったような。魔法に助けられてるところが多かったからかな。・・・

 「美女と野獣」の中には、強い女性だけではなく、様々な環境、性癖、立場の人達が描かれているようにも感じた。そういうのって、子どもにはわかるのかな。

 「誰が好きだった?」と見終わってから子どもに聞かれ、「ポット夫人とチップ」と答える俺。だって、良く出来てたよ。ポット夫人の声は、岩崎宏美か。歌も良かったよ。
 子どもと楽しめる、良い映画だった。

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2017.01.21

MERU[メルー]

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 こんな場所へは、絶対に行き着けないなと思った。人類70億分の数名しか辿り着いたことのないであろう場所、インド・ガルワールヒマラヤに聳える、シャークスフィンと呼ばれる垂直の岩壁、メルー中央峰の頂点。この長大な岩壁を直上するダイレクトライン初登に挑戦したクライマーによる、ドキュメント映画である。凄い、映像だった。こんな映像を撮ってきてくれて、ありがとう!と思った。

 クライマーのコンラッドは、同様に希有なクライマーであるジミー、レナンと三人でチームを組み、難攻不落の岩壁と言われるメルー峰登頂に挑む。実はコンラッドは、以前にも登頂を試みていたが敗退しており、満を持しての再挑戦だった。しかし、天候にも恵まれず、あと100mというところで無念の敗退をする。どうしても登れない、まさに大きな壁。下山した三人はそれぞれ、「なぜ挑戦するのか」を考える。中でもレナンは、山での仕事中に大怪我を負う。それでも登るのか。・・・

 そして、3人のチームとしての2度目の挑戦が始まった。

 登りたいという気持ちの葛藤や、立ちはだかる過酷な状況、全てが本物で、胸が熱くなった。公式HPに載っていたクライマー山野井さんのコメントには、「あれほど美しく魅力的な岩壁はなかなか見当たらないだろう。そこを良き仲間と共に登れるなんて、どれほど幸せなことなのだろうか。」とある。そう、クライマーにはクライマーの、私のようなへなちょこ山ヤにはまたそれなりの、思い入れや感慨があって、この映像に釘付けになることだろう。

 満天の星空を背景に、3人のヘッテンが闇の大岩壁に小さく輝く、カメラを引いたシーンはあまりにも美しい。少しだけ、自分も壁に挑戦している気分になって、焦燥とスリルと興奮を共有して、山ヤの気分になって帰途についた。

 映画館からの帰りの電車の中で、『その峰の彼方』(笹本稜平 文春文庫)という本を読了した。デナリ(マッキンリー)の、カシンリッジ厳冬期単独登攀に挑戦する男の、こちらは架空の山岳小説だ。精神的な話題に傾いたり、遭難救助の場面が長かったりするけれど、へなちょこ山ヤとしては、こちらも胸の熱くさせられるシーンがあったりした。
 「見たらいい。この美しい世界を。言葉で愛でる必要はない。ただ心を開いて受け入れるだけでいい。
 こんな言葉を聞けたら、それは山ヤとして本望かもしれないと思った。

Sonomine

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2016.11.04

湯を沸かすほどの熱い愛

Yuwowakasu

 いやぁ、宮沢りえは凄い女優さんになったんだなぁと思った。公式サイトに、「余命2ヶ月。私には、死ぬまでにするべきことがある。」とあるとおりの話だった。場面場面で、何度も涙を流してしまいました。強さっていうのは、愛の深さなんだろうね。

 娘達にも、泣かされました。うちの娘と妻の言い争いのような、双葉と安澄のやりとりを見ていても、色々思うところあってつい涙が・・・。安澄役の杉崎花さんは、この間まで朝ドラに出ていて母親役までしていたけれど、やっぱりこのくらいの学生役がはまり役だな。童顔だから。(って、19歳か。彼女も、いい女優になるだろうな。食べるシーンに関しては、それってCookDoじゃん!って感じではあるけれど。)

 母親も強いけれど(って言うか、ムニャムニャ・・・)、子ども達も強いなぁと感心した。

 オダギリジョー演じる父親は、不甲斐なさぶりが、歯がゆい。けれど、こういう男だから、双葉は結婚したのかな。こういう男もまた、実は、強い人なのかもしれない。

 衝撃的なラストに、爆音の主題歌、きのこ帝国「愛のゆくえ」が重なる。そうだな、これくらいの爆音で、ちょうど好いのかな。

 とても良い映画でした。

 カニを食べに行きたくなった!

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2016.03.20

エヴェレスト 神々の山嶺

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 夢枕獏の原作は、谷口ジローの漫画で、もうずいぶん昔に読んでいた。自分にとっては、山歩きに夢中になっていた頃の思い出の作品だ。その、映画化ということで、映画館へ足を運んでみた。
 ちょっと忘れかけていたストーリーも、単純なのですぐに思い出す。・・・カトマンドゥの骨董屋で古いカメラを見つけたカメラマン深町と、そこに現れた孤高の天才クライマー羽生。カメラと羽生のことを調べるうちに深町は、羽生が、エヴェレストの冬季西南壁単独無酸素登頂という、前人未到の偉業に挑戦しようとしていることを知る。「俺を撮れ!」と言い放ってエヴェレストに向かう羽生。そして、深町もまた、引き寄せられるように神々の山嶺・エヴェレストの頂を目指すことに・・・。

 原作本を何度も読んでいたという妻からは、「あのシーンはあった?このシーンは?」と、質問攻めにされた。えっ、そう言われてみると、そんなシーンはなかったな・・・。ネパールの、カトマンドゥの町が、地震前の撮影だったということで、懐かしいと思う人はいるだろうね。
 登場人物は少なくて単純だし、複雑な謎解きがあるわけではないし、山がすごく綺麗に撮れているかというとそうでもないような気がしたし、・・・でも、わりと楽しめたよ、俺はね。なぜなら、少しは山ヤだから?
 自分にできないことを、羽生に重ねて見ていたのかな。いや、むしろ、深町か。・・・そう、そういうわけで、岡田君は今回も熱演だった。うん。十分、熱くなったよ。山で遭難しそうになって、それでも生きて帰って来た人には(あ、俺か。)熱くならずにはいられない、そんな映画だったかな。

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2011.05.23

100000万年後の安全

Anzen

 今秋公開予定であったというこのドキュメンタリー映画は、福島の原発事故を受けて4月半ばにミニシアターで緊急公開されると、連日たくさんの人が詰めかけた。
 5月21日より、立川のシネマシティでも見られるようになったので、運動会の代休の月曜日を利用してさっそく見に行ってきた。

 原発推進国のフィンランドで、排出される放射性廃棄物の処分問題が持ち上がる。(原発は夢のエネルギーかもしれないけれど、必ず、放射性廃棄物を生み出し続けていくことを忘れてはいけない。)そこで、フィンランドのオルキルオト島では、地下500mの場所に高レベル放射性廃棄物を貯蔵するための地下施設(「オンカロ」”隠された場所”の意。)の建設が始まった。放射性廃棄物が無害になるまでに要する時間は10万年と言われる。従って、「オンカロ」の耐久期間もまた、10万年を想定するというのだが・・・・。これからどのように、10万年という長期間に起きうる出来事を予想するのか。あるいは次の氷河期を経て、地球上に存在しているのは人類でない生物かもしれない。その、共通言語や同じ価値観を持たない可能性のある10万年後の生物に対して、地中深くに埋めた放射性廃棄物の危険性を伝えるべきか? その方法とは?
 マイケル・マドセン監督作品

 SF映画のようだった。これは現実の世界の話? そう、これはフィンランドの現実世界の話。福島で、原発事故が起きなかったら、きっとこんなことはずっと知らずにいるのだろうな。
 100000万年後は、気の遠くなるほどずっと先の未来だ。本当に人類は存在しているのだろうか。いっそ、猿や鳥や植物・昆虫だけの、(科学文明のない)地球に戻ってしまっていればいいのに。
 そこでふと思った。人類が発掘してきたこれまでの遺跡の中に、人類以外の生物が残した「オンカロ」がなかったろうかと・・・・。

 マドセン監督が繰り返し、暗闇の中でマッチを擦るシーンがあったけれど、やはり原発を取り上げたドキュメンタリー映画「祝の島」(纐纈あや監督作品)のパンフレットにあった、高木仁三郎という人の文章を思い出したりした。

   人間は火を燃やす竈を精密に強大にし、
   また、術に長けはしたけれど、
   なお壮大な生物の文化には
   合流しえずにいる新参者なのかもしれない。
   核の竈などという、
   自然界の文化とはなじまない、
   ある意味ではきわめて野蛮な文明を
   発達させたことなども、
   その現れといえるかもしれない。

      高木仁三郎 「いま自然をどう見るか」(白水社)より 

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