映画・テレビ

2017.10.30

ブレードランナー2049

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 リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」は、1982年の映画で、描かれていたのは2019年のロサンゼルスだった。「ブレードランナー」は、何度も見た。そして、三十数年が経っての、続編である。映画を見る前に、予習として公式サイトで、2019年から2049年までに何が起きたのか(作品の背景の出来事を)勉強した。監督は、リドリー・スコットではなく、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。2時間半を超す、大作。いくらかドキドキしながら見に行った。

 まずまず、面白かった。ブレードランナーっぽさは出ていた。音楽は、ヴァンゲリスふう。(あくまで、「ふう」で、ヴァンゲリスの音楽が好きだったから、ちょっと残念。)ハリソン・フォード頑張ってるなぁと思った。長かった、けれど、わりと時間の経つのを忘れて見入っていた。

 レプリカントと人との境とは何だろう。そういうことを考えさせられる映画だった。以前学校で、生徒にそういう質問をしたことがあった。「生命の定義とは何か」みたいな。AIとか、VRとか、科学技術は進んで、人間に近い何者かが生まれたり、実際には体験していないのに体験したかのような感覚が得られるような時代になった。生きてるってのは、こういうことだって、自信を持って自分は言えるだろうか・・・。

 2017年の現在、自動車はまだ空を飛んではいない。2049年は、どんな世界になっているだろうか。

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2017.10.22

ビデオ観賞

 台風が来て、土日は外に出ないだろうからと、金曜日にTSUTAYAに行ってDVDを借りてきた。4本で1000円になるということで、四つも借りて来ちゃったよ。

Kiminona

 まず、話題作だった「君の名は。」を、娘が見たいと言っていたので。あまり期待もせず、先入観もなく見たのだけれど、これがなかなか面白かった。逆に小4の娘は、難しい、わからない、と言って怒っていた。そうだなぁ、高校生だったら、もっとトキメキをもって見られたのかなぁ。
 突っ込みどころは随所にあった。嫌いだキモイ、と言う人はやはり、不必要な感じのシーンを毛嫌いするのだろうなと思った。俺は全然嫌いじゃないけど。(自分も一種のキモオタなんだろうなぁ、と。)そうした突っ込みどころも敢えて受け入れて、良く出来た青春映画だと思った。
 最後、二人は会わない方が良かったという意見もある。人生はそんなになま易しいものではない。一方で、壮大な再生の物語だと言う意見に、自分は一票入れてみたい。

Konosekai

 アニメ繋がりで、「この世界の片隅に」を見た。こうの史代さんの漫画の映画化だ。広島、呉が舞台ということで、暗くなるかなと思っていたけれど、子どもと一緒に見られた。そして大人の方が、世界観に引き込まれてしまったかも。私たちの今いる今は、こういう時代を経て来ての今日なのだということを、しっかり伝えなくてはと思う。原作本のあとがきで、こうのさんはこんなことを書いている。
この作品では、戦時の生活がダラダラ続く様子を描く事にしました。そしてまず、そこにだって幾つも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。〜中略〜 のうのうと利き手で漫画を描ける平和。そして今、ここで見届けてくれる貴方が居るという事。全ては奇跡であると思います。
 決然と生きることにも意味があり、また、飄々としなやかに生きるのもあり、なのだ。

Kimiwaiiko

 三本目、「きみはいい子」。小4の子供たちが描かれるということで、借りてきた。娘と、ワイワイ言いながら観賞できた。いろんな子がいて、いろんな大人がいて、みんな、「抱きしめられたい。」一緒に見ている人を、ギューっとしてしまう、映画だった。
 尾野真千子は、好きな女優さんだけれど、こういうお母さんの役もやるんだなぁと思って見ていた。「虐待」というテーマが深刻なので、見たくないという人もいるかな。確かに、重苦しい映画ではある、かな。
 最後が、唐突に終わってしまうように感じた。つい、救いを描いて欲しかった、と、なま易しいことを考えてしまった。それについては、呉美保監督の言葉がある。
人生は続く、それがこの映画では描きたかったことの一つです。疑問を残すような終わり方にあえてしているのですが、そこを結論づけていろんなことを丸くおさめるような作品ではないと思っているので、人生は続く、続けていかなければいけないんだと思ってもらえるようなラストシーンにしました。
 人生は続く。まさに、その通り。中脇初枝さんの原作本も読んでみたいと思った。

Lion25

 四本目、「ライオン〜25年目のただいま」。実話の映画化だそうだ。5歳の時インドで迷子になった少年が、オーストラリアの夫婦の養子となり、25歳になって、インドの実家を見つけ出すというストーリー。人生は、小説よりも奇、なのである。
 たぶん、優しい養父母と出会えたことが、この子の運命を変えた一つの要因だ。インドでストリートチルドレンをしていたら、映画にも描かれていたけれど、捕まって売られて、下手したら臓器だけ取られて殺されて捨てられてしまうのでは・・・ということも考えられる。またたとえ、優しい養父母に引き取られても幸薄い人生を送る場合があることは、同じ家に養子にやって来たもう一人のインドの子が証明する。だから、自分に人生を変える力があるかどうかということも、大切だったりするのだろう。あとは、最新のITアプリ(Google Earth)を、うまく使いこなせること。
 なんで「ライオン」というタイトルだろうと思っていて、最後にわかる仕組み。佳作。

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2017.05.06

美女と野獣

Beautybeast

 連休中に、子どもの相手をしてあげられなくて(「こどもの日」にも!)、申し訳なく思っていて、それで本人からのリクエストにより、本日、ディズニー映画の「美女と野獣」を一緒に見に行った。

 最近、予習としてアニメ版の「美女と野獣」を見ておいたので、なるほど、ここはこういう感じで映画になってるな、とか思い出したりして楽しめた。良く出来ている映画だった。
 オオカミが怖い、とか、ガストンの悪者ぶりが本当に嫌、とか、事前に聴かされていたけれど、それより何より、誰もが言っているように、エマ・ワトソンが素敵だった。
 可愛らしくて、綺麗で、と言うより、凛とした強さがとても魅力的だった。あぁだから、エマ・ワトソンが、ではなくて、「ベル」という主人公がそういうふうに描かれているということだな。読書を愛し、変わっていると人に言われても自分を失わない、強い女性。

Cinderella

 2年前かな、実写版の「シンデレラ」も、子どもと一緒に見たことを思い出す。あれはあれで面白く見たし、ちょっぴり感動もしたっけ。ただ、本当は「シンデレラ」も、自分の運命を勝ち取る女性であるはずなんだけれど、ベルほど「強い」女性という印象ではなかったような。魔法に助けられてるところが多かったからかな。・・・

 「美女と野獣」の中には、強い女性だけではなく、様々な環境、性癖、立場の人達が描かれているようにも感じた。そういうのって、子どもにはわかるのかな。

 「誰が好きだった?」と見終わってから子どもに聞かれ、「ポット夫人とチップ」と答える俺。だって、良く出来てたよ。ポット夫人の声は、岩崎宏美か。歌も良かったよ。
 子どもと楽しめる、良い映画だった。

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2017.01.21

MERU[メルー]

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 こんな場所へは、絶対に行き着けないなと思った。人類70億分の数名しか辿り着いたことのないであろう場所、インド・ガルワールヒマラヤに聳える、シャークスフィンと呼ばれる垂直の岩壁、メルー中央峰の頂点。この長大な岩壁を直上するダイレクトライン初登に挑戦したクライマーによる、ドキュメント映画である。凄い、映像だった。こんな映像を撮ってきてくれて、ありがとう!と思った。

 クライマーのコンラッドは、同様に希有なクライマーであるジミー、レナンと三人でチームを組み、難攻不落の岩壁と言われるメルー峰登頂に挑む。実はコンラッドは、以前にも登頂を試みていたが敗退しており、満を持しての再挑戦だった。しかし、天候にも恵まれず、あと100mというところで無念の敗退をする。どうしても登れない、まさに大きな壁。下山した三人はそれぞれ、「なぜ挑戦するのか」を考える。中でもレナンは、山での仕事中に大怪我を負う。それでも登るのか。・・・

 そして、3人のチームとしての2度目の挑戦が始まった。

 登りたいという気持ちの葛藤や、立ちはだかる過酷な状況、全てが本物で、胸が熱くなった。公式HPに載っていたクライマー山野井さんのコメントには、「あれほど美しく魅力的な岩壁はなかなか見当たらないだろう。そこを良き仲間と共に登れるなんて、どれほど幸せなことなのだろうか。」とある。そう、クライマーにはクライマーの、私のようなへなちょこ山ヤにはまたそれなりの、思い入れや感慨があって、この映像に釘付けになることだろう。

 満天の星空を背景に、3人のヘッテンが闇の大岩壁に小さく輝く、カメラを引いたシーンはあまりにも美しい。少しだけ、自分も壁に挑戦している気分になって、焦燥とスリルと興奮を共有して、山ヤの気分になって帰途についた。

 映画館からの帰りの電車の中で、『その峰の彼方』(笹本稜平 文春文庫)という本を読了した。デナリ(マッキンリー)の、カシンリッジ厳冬期単独登攀に挑戦する男の、こちらは架空の山岳小説だ。精神的な話題に傾いたり、遭難救助の場面が長かったりするけれど、へなちょこ山ヤとしては、こちらも胸の熱くさせられるシーンがあったりした。
 「見たらいい。この美しい世界を。言葉で愛でる必要はない。ただ心を開いて受け入れるだけでいい。
 こんな言葉を聞けたら、それは山ヤとして本望かもしれないと思った。

Sonomine

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2016.11.04

湯を沸かすほどの熱い愛

Yuwowakasu

 いやぁ、宮沢りえは凄い女優さんになったんだなぁと思った。公式サイトに、「余命2ヶ月。私には、死ぬまでにするべきことがある。」とあるとおりの話だった。場面場面で、何度も涙を流してしまいました。強さっていうのは、愛の深さなんだろうね。

 娘達にも、泣かされました。うちの娘と妻の言い争いのような、双葉と安澄のやりとりを見ていても、色々思うところあってつい涙が・・・。安澄役の杉崎花さんは、この間まで朝ドラに出ていて母親役までしていたけれど、やっぱりこのくらいの学生役がはまり役だな。童顔だから。(って、19歳か。彼女も、いい女優になるだろうな。食べるシーンに関しては、それってCookDoじゃん!って感じではあるけれど。)

 母親も強いけれど(って言うか、ムニャムニャ・・・)、子ども達も強いなぁと感心した。

 オダギリジョー演じる父親は、不甲斐なさぶりが、歯がゆい。けれど、こういう男だから、双葉は結婚したのかな。こういう男もまた、実は、強い人なのかもしれない。

 衝撃的なラストに、爆音の主題歌、きのこ帝国「愛のゆくえ」が重なる。そうだな、これくらいの爆音で、ちょうど好いのかな。

 とても良い映画でした。

 カニを食べに行きたくなった!

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2016.03.20

エヴェレスト 神々の山嶺

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 夢枕獏の原作は、谷口ジローの漫画で、もうずいぶん昔に読んでいた。自分にとっては、山歩きに夢中になっていた頃の思い出の作品だ。その、映画化ということで、映画館へ足を運んでみた。
 ちょっと忘れかけていたストーリーも、単純なのですぐに思い出す。・・・カトマンドゥの骨董屋で古いカメラを見つけたカメラマン深町と、そこに現れた孤高の天才クライマー羽生。カメラと羽生のことを調べるうちに深町は、羽生が、エヴェレストの冬季西南壁単独無酸素登頂という、前人未到の偉業に挑戦しようとしていることを知る。「俺を撮れ!」と言い放ってエヴェレストに向かう羽生。そして、深町もまた、引き寄せられるように神々の山嶺・エヴェレストの頂を目指すことに・・・。

 原作本を何度も読んでいたという妻からは、「あのシーンはあった?このシーンは?」と、質問攻めにされた。えっ、そう言われてみると、そんなシーンはなかったな・・・。ネパールの、カトマンドゥの町が、地震前の撮影だったということで、懐かしいと思う人はいるだろうね。
 登場人物は少なくて単純だし、複雑な謎解きがあるわけではないし、山がすごく綺麗に撮れているかというとそうでもないような気がしたし、・・・でも、わりと楽しめたよ、俺はね。なぜなら、少しは山ヤだから?
 自分にできないことを、羽生に重ねて見ていたのかな。いや、むしろ、深町か。・・・そう、そういうわけで、岡田君は今回も熱演だった。うん。十分、熱くなったよ。山で遭難しそうになって、それでも生きて帰って来た人には(あ、俺か。)熱くならずにはいられない、そんな映画だったかな。

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2011.05.23

100000万年後の安全

Anzen

 今秋公開予定であったというこのドキュメンタリー映画は、福島の原発事故を受けて4月半ばにミニシアターで緊急公開されると、連日たくさんの人が詰めかけた。
 5月21日より、立川のシネマシティでも見られるようになったので、運動会の代休の月曜日を利用してさっそく見に行ってきた。

 原発推進国のフィンランドで、排出される放射性廃棄物の処分問題が持ち上がる。(原発は夢のエネルギーかもしれないけれど、必ず、放射性廃棄物を生み出し続けていくことを忘れてはいけない。)そこで、フィンランドのオルキルオト島では、地下500mの場所に高レベル放射性廃棄物を貯蔵するための地下施設(「オンカロ」”隠された場所”の意。)の建設が始まった。放射性廃棄物が無害になるまでに要する時間は10万年と言われる。従って、「オンカロ」の耐久期間もまた、10万年を想定するというのだが・・・・。これからどのように、10万年という長期間に起きうる出来事を予想するのか。あるいは次の氷河期を経て、地球上に存在しているのは人類でない生物かもしれない。その、共通言語や同じ価値観を持たない可能性のある10万年後の生物に対して、地中深くに埋めた放射性廃棄物の危険性を伝えるべきか? その方法とは?
 マイケル・マドセン監督作品

 SF映画のようだった。これは現実の世界の話? そう、これはフィンランドの現実世界の話。福島で、原発事故が起きなかったら、きっとこんなことはずっと知らずにいるのだろうな。
 100000万年後は、気の遠くなるほどずっと先の未来だ。本当に人類は存在しているのだろうか。いっそ、猿や鳥や植物・昆虫だけの、(科学文明のない)地球に戻ってしまっていればいいのに。
 そこでふと思った。人類が発掘してきたこれまでの遺跡の中に、人類以外の生物が残した「オンカロ」がなかったろうかと・・・・。

 マドセン監督が繰り返し、暗闇の中でマッチを擦るシーンがあったけれど、やはり原発を取り上げたドキュメンタリー映画「祝の島」(纐纈あや監督作品)のパンフレットにあった、高木仁三郎という人の文章を思い出したりした。

   人間は火を燃やす竈を精密に強大にし、
   また、術に長けはしたけれど、
   なお壮大な生物の文化には
   合流しえずにいる新参者なのかもしれない。
   核の竈などという、
   自然界の文化とはなじまない、
   ある意味ではきわめて野蛮な文明を
   発達させたことなども、
   その現れといえるかもしれない。

      高木仁三郎 「いま自然をどう見るか」(白水社)より 

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2011.01.30

180°SOUTH

180south

 1960年代の初め、イヴォン・シュイナードは評判のいい登山道具を作っていた。初めは趣味でやっていたものだが、やがて仲間を集めて工房を作るまでになる。ある日、友人のダグ・トンプキンスが、南米パタゴニア地方の山に登らないかと、イヴォンを誘いにやってくる。2週間後、二人はサーフボードと登山道具と、旅の記録のための16ミリカメラとを中古のバンに載せ、南米パタゴニアを目指して旅に出たのだった。
 ・・・それから40年の時が流れ、ジェフ・ジョンソンという青年が、イヴォンとダグの旅の記録映像を見て衝撃を受け、自分も彼らの旅を追体験しようと考えた。サーフィンと登山を愛する彼は、メキシコからパタゴニア行きのヨットに乗り込み、パタゴニアのコルコバド山を目指すことにした。しかし出港して1ヶ月が過ぎた頃、船はマストが折れるというアクシデントに見舞われてしまう。そこで急遽、近くのイースター島に寄って船を修理することになる。その時ジェフは、島でサーフィンのインストラクターをしているマコヘという女性と知り合う。ようやく修理が終わり、島を出る時にはマコヘもクルーに加わり、一緒にパタゴニアを目指す運びとなり、メキシコを出発してから124日目、ついにパタゴニアへ到着。ジェフは連絡していたイヴォンとも合流した。はたしてジェフ、イヴォン達は、コルコバド山登頂を果たせるのか・・・。
 パタゴニアへの旅ということで、自分の思い入れもひとしおだった。サーフィンの映像も綺麗な映画。後半、イヴォンやダグが、環境問題に触れて説教臭くなっているんじゃないかと感じる人もいるだろうか。けれどそうしたことも、現代人として普通に自分のこととして感じていたいことなのだ。
 イヴォンに言わせれば、「シンプルに暮らすことほど難しいものはない 世の中のほとんどの問題は方向転換すれば解決する 欠陥のあるシステムを維持する必要はない」のだから。

 映画を見ていて、パタゴニアへの旅を実行できるジェフを羨ましく思ったのはもちろんだけれど、同様に、ジェフにインスパイアーを与え、最後はジェフの登山にも同行するイヴォン・シュイナードという人が、とても魅力的に感じ、あぁいう大人になりたいなぁと、思ったのだった。

 クリス・マロイ監督作品。

 

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2008.11.01

おくりびと

Okuribito

 本木雅弘主演の、「おくりびと」を見てきた。・・・いい映画だった。所々、楽しかったし、やっぱり最後は、泣けました。それは、自分もまた家族との問題を抱えているからなのかなぁとも思ったりしたけれど。・・・うん、でも、味わい深い良い映画だった。

 葬式は、父の職業柄わりと身近なイベント(?)なのだけれど、納棺師という職業のあることは知らなかった。あ、火葬場の火葬係という仕事のあることは知っていたよ。係の方と実際にお話したこともあるし、『未葬の時』という、火葬場でのいくつかのシーンを切り取った短編小説(作:桐山襲。単行本の装丁がとても凝っていた。既に絶版のようだけれど。)もあったっけ。
 人に知られないところで、こんな大切な仕事もあるんだなぁ…と思った。

 ところで、映画の中で「石文」というものが出てくる。ワープロで「いしぶみ」と打つと普通は「碑」と変換される。が、ここでは石文で、それが物語の最後まで重要な意味を持つことになる。路傍の石に込められた、大切な人に伝えたい気持ち・・・。温かい思いに包まれて、胸がいっぱいだった。
 滝田洋二郎監督作品。音楽:久石譲。

 追記。
 第32回モントリオール世界映画祭グランプリ、第32回日本アカデミー賞日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞・他、第81回アカデミー賞外国語映画賞、他多数の映画賞受賞、おめでとうございます。

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2008.09.23

Into The Wild

Intothewild

 久しぶりに映画を見てきたよ。
・・・ショーン・ペン監督作品で、ジョン・クラカワーの原作で、音楽はエディ・ヴェダーで、舞台はアラスカで。話の展開はわかっていたけれど、それだけ揃えばもう、見たい!と思って出かけて行った。
 アラスカに惹かれて旅に出る若者、クリスが主人公。自分も同じようなものだから、共感する思いはいっぱいあった。けれど、さわやかになれなかったのは、終わり方のせいではなく、自分がふにゃふにゃと冒険もせずに生きているから、なのかなぁ・・・。

 本当の幸せとは、それを誰かと分かち合った時に訪れる。

 それは、人生の真理だね。ただ、命と引き替えにでないと、そのことに気付かない者もいる。・・・自分はどうなんだろう。映画を見ながら、彼の出会った魅力的な大人達(クリスの生き方を応援しつつも、無茶をするべきではないと言ってくれる大人達)にも共感していた自分がいた。子どもができたから、なのかなぁ。自分は丸くなったのか、ふにゃふにゃに生きているだけなのか・・・。

 「甘っちょろい映画だ」という評、多々あり。そうだろね。ただ、ほんの数日間だけでも、自分で好んでアラスカの荒野へと入ったことのある自分にとっては、クリスの情熱にも甘さにも、自分を重ねてみてしまった映画だった。

 珍しい?横長のチラシ。

 追記。
 映画を見た後に、ジョン・クラカワーの原作本を読んだ。映画で描かれるクリスの物語・人生と平行して、それを調査するジョン・クラカワー自身の物語・人生もあるわけで、クラカワー氏の赤裸々な冒険報告もまた興味深く、引き込まれるドキュメントとなっていた。

Intothewildbook

 

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