観てきたぁ!

2019.03.16

この星の光の地図を写す 〜石川直樹 個展

Ishikawa

 東京オペラシティ アートギャラリーで、石川直樹の個展「この星の光の地図を写す」を見てきた。つい、石川君、って思ってしまうけれど、もう40過ぎなんだね。

 写真展だったけれど、作品の撮影可ということで、それならカメラを持ってくれば良かったと後悔する。しかし幸い、鞄の中にはつい最近手に入れたケータイがあり、それでシャカシャカ撮影してみた。(さらにしかし、扱いに不慣れなもので、あとでよく見るとピンぼけ写真ばかりで、これまたガッカリだった。)

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 入るとまず、白い世界。デナリや、グリーンランド、北極、南極の写真などが綺麗に並ぶ。石川君は、二度もデナリに登っているのか。あ、これは入口で配られたリーフレットからの情報。飾られてある写真には、タイトルも説明も添えられていなくて、だから色々想像力を掻き立てながら写真を見つめる。風景を眺めるとき、その風景を説明する看板が立っているなんてことは、そうそうないものね。自分も旅をしている気持ちで、観賞していく。

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 次の部屋は、赤い部屋。写真集「NEW DIMENSION」からの作品が並ぶ。北海道のフゴッペ洞窟に始まり、南米パタゴニアで終える旅のシリーズ写真ということだ。パタゴニアの洞窟の写真は、無数の手形の写真だ。いや、これは手形というか、岩に手を置いたところに、口に含んだ顔料を吹き付けて型抜きしたものだ。どこかで見たことあるなぁ、と思ったら、このような壁画は、わりと世界各地に見られるのだとか。(ネガティブハンドというそうだ。)角幡唯介さんとの対談の中で、石川さんはこんなことを言っている。

写真のネガフィルムじゃないけど、わざわざ反転画像にしているというのが興味深いですよね。太古のネガティブハンドが、僕は最初の写真だと思っていて、動いているものをそこにとどめておきたい、ほしいものを捕まえたいという人間に備わった根源的な欲望が具現化したものだとおもう。

 なるほど。わかる気がする。
 その隣の部屋は、青い部屋。ポリネシアン・トライアングルの島々を撮った写真集からの作品群と、ニュージーランドに通ったりして出来た「THE VOID」という写真集からの7分ほどの映像作品があった。大きなスクリーンで、ニュージーランドの原生林を見ていると、何だかクラクラと森に吸い込まれていくような気がしたよ。

 その隣は、富士山の部屋。写真は、富士山の形に並べてあったりする。山頂火口の上からの写真はどうやって? と思ったが、それはやっぱり空撮だそうです。

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 その隣の部屋は、K2の部屋。ノースフェイスの白いテントが中央にあり、中に入って映像作品が見られる。長くなるようなので、入らなかったけれど、K2の写真は、素敵でした。チラシの写真が、K2だね。凛として、格好が良い。アタックには失敗したということだけれど、挑戦する姿勢もまた、素敵だ。

 その後、長い廊下に、来訪神「MAREBITO」(まれびと)の写真群と、写真集「ARCHIPELAGO」から、日本列島の南北に広がる島々の、暮らしや風景の写真が並ぶ。

 デナリやK2の山岳写真、太古の壁画の写真、島に暮らす人達の写真、等々・・・。どれもが石川直樹の視点から語られる世界で、まさに「この星の光の地図を写す」ように生きてみたいなぁと、自分も思った。

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 写真展の最後は、石川直樹の部屋。冒険に使われた品々や、愛読書を陳列した本棚などがあり、十分に楽しめる企画だった。

 この石川君、実は知人の親戚に当たる人ということで、いつかお目にかかれる機会はないかなぁ・・・と思ってます。本当に。その時がいずれ来ますように。

 初台にある、東京オペラシティへ、今回初めて行った。綺麗な所だった。石川君の個展は、3月24日(日)まで。

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2018.03.07

仁和寺と御室派のみほとけ

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 国宝の、千手観音菩薩坐像を見に行ってきた。(東京国立博物館 平成館 11日まで。)

 連日、すごく混んでるということで、どうしようかなぁと思っていたけれど、意を決して、平日の夜、仕事を終えて上野まで行ってきた。水曜日の夜7時過ぎだったので、それほどの混雑もなく、間近で仏像を見ることができた。
 展示は、仏像だけではなく、空海が唐で書き写して持ち帰ったものとされる、国宝「三十帖冊子」(空海ほか、の筆ということで、どこからどこが空海によるものなのか、我々にはまるでわかりません。)とか、国宝「両界曼荼羅」とか、興味深いものがいくつもあったけれど、やっぱり、圧倒的な存在感を示していたのは、葛井寺の「千手観音菩薩坐像」だった。これが、平安時代に作られたものであることにも驚き。どうやって作られているのか、その解説も丁寧に展示されていて、これまた興味深かった。千本以上の手を持つ千手観音像は、これしか確認されていないということで、大変ありがたく、貴重な経験をしたと思った。
 仏像では他にも、道明寺の「十一面観音菩薩立像」が、きりっとしたお姿で大変美しく、素晴らしいものだった。こうした国宝を、一堂に会して見られるということが、そもそも大変ありがたいことであると、少し敬虔な気持ちにもなった。

 今回のこの特別展では、もちろん国宝を写真に撮ることは出来なかったけれど、なんと、再現された仁和寺の観音堂が撮影可ということになっていた。

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 熱心に仏像を拝むことなんてない日常ではないのだけれど、どうして仏像を見に(会いに)行きたくなるのだろう。そして仏像を見て、心安らかな気持ちになる(ような気持ちになる)のは、どうしてなんだろう・・・とか思いつつ、お腹をすかせて家に帰った。

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2018.01.04

古代アンデス展

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 国立科学博物館で開かれている、「古代アンデス文明展」に行ってきた。娘を誘ってみたのに、行かなぁ〜い、と言われてしまった。

 いいんだ。写真を撮れると知っていたので、カメラを持参して、はりきって出かけた。そして、予想通り、おもしろいものたくさんあったよ。

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 インスタグラムにも写真あげてみたので、興味のある方はご覧ください。

 古代アンデス展だけあって、ミイラの展示もあった。科博では、何度もミイラを見たなぁ。もう、ずっと昔のこの人が生きていたことの不思議、・・・いつも、そういう思いにとらわれる。

 科博の常設展では、「南方熊楠 100年早かった智の人」って企画展をやっていて、そちらもなかなか面白かった。熊楠みたいに、夢中になって何かに取り組んだいれば、ノーベル賞が獲れるかもよ、ルー隊長!

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2017.11.05

緑と道の美術展

 昨日、Facebookで副長さんが、「よこやまの道で、何やら彫刻を発見!」とUPしていて、その彫刻がやたら気になったので、ルー隊長と一緒に出かけてそれを確認してきました。

 気になったのは、とにかくこいつ!

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 晴天の秋空の下で、気持ち良さそうに大の字で寝ていました。

 他にも面白い作品はいくつもありました。お気に入りは、この「ダンス2017 Ⅱ」

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 それと、遺跡のようにも見えた「無題」という作品。

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 11月30日まで展示されるようなので、興味のある人は、ぜひ。instagramにも、写真UPしてみました。

 黒川里山アートプロジェクト「緑と道の美術展」

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2016.08.25

ドラムストラック

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 8月、一日休みを取って、子どもと一緒に「ドラムストラック」というパフォーマンスショーを観てきた。いや、体験してきた、かな。

 開演前、私たちが座る座席全てに、アフリカの太鼓「ジャンベ」が並べられている。もちろん私たちは、開演前から好きに叩いて鳴らしている。そして、ショーが始まり、「タイコ ジュンビ イイデスカ !」のMCをきっかけに、パフォーマーと一緒に、ジャンベを叩きまくった。とても楽しい体験だった。出演者は、ジェンベはもちろん、歌もとっても上手。途中、カタカナで書かれた歌詞が降りてきて、みんなで歌ったアフリカの歌。優しくて素敵な感じの歌だったけど、どういう意味だったのかな。

 ショーの終わりの方では、「カメラ、撮影 OK!」と言われたのだけれど、えぇ〜、そんなの聞いてないよ、知ってたらちゃんとデジカメ持ってきてたのに〜、とちょっと残念。けど、とっても楽しい時間を過ごせた。家では、こんなに音を出して太鼓を叩きまくることなんてできないから、スカッとしたよ!

 天王洲 銀河劇場 8月25日

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2015.06.21

マスク展

 「マスク展」というのを、東京都庭園美術館で観てきた。
世界中から、いろいろなマスク・仮面・お面が集められて展示されていて、なかなか興味深かった。

 ドゴン族の仮面もあった。

 庭園美術館てところには、初めて行った。展示品は、美術館となった、旧朝香宮邸というお屋敷の各部屋のあちこちに展示されていた。部屋一つに一つのマスク、という展示もあったし、食器棚のようなところにいくつか並べられていた物もあった。

 それほど混んでいなかったから、ゆっくり見られたのはよかったな。

 最後に、展覧会のカタログを買おうかどうしようかと、迷った。展示品を綺麗にまとめてあって、美術作品のようなカタログだけれど、二千円ちょっとする。・・・きっと、家に持って帰っても、もう一度手にして眺めることは何度もないのだろうなと考えて、購入せず。小さい人間か。

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2009.08.05

ゴーギャン展

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 東京国立近代美術館で行われている、ゴーギャン展を見に行った。ゴーギャンが晩年、タヒチで制作したという大作、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」が展示されているというので、それを見に行ったのである。

 ゴーギャンといえば、自分はやはり、タヒチの島の女性をモチーフにした絵を連想する。けど、それくらいかな。こういうのも何だけれど、それらはあまり上手とは言えないような、手足、でかすぎるんじゃないの?みたいな、良く言えばそれが野趣というものなのかどうなのか、とにかくそういうイメージの、あまり掴み所のない画家だった。

 展示は、印象派の影響を受け画家として出発したブルターニュ時代から始まり、第1期タヒチ時代、連作版画『ノアノア』の紹介と続く。そして再びタヒチを目指したゴーギャンは、自らの芸術の集大成となる「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を遺言のように制作するという形で、彼の漂泊の一生を終える。
 ゴーギャンの生涯は、一枚の絵『・・・我々はどこへ行くのか』を描くためにあったようなものだった。ゴーギャンは、自分はどこへ向かうのか、漠然とでもわかっているから、あの絵が描けたのだろうなぁ、と思った。だとしたら、あの絵の中には、ゴーギャンが生涯をかけて見つけ出した人生の答えが詰まっているって訳だ・・・。
 大きな絵だった。静かな絵だった。静かな絵だったけれど、確かにね、様々なことを語っている絵だった。ゴーギャンの、掴み所のない印象は、ある意味却下、ある意味、繰り越しだ。

 「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」自分はまだまだ、そんな問いかけに簡単に答えを出せないではいるけれど、とりあえず出口なのか遠回りなのか、なんとなく光の差す方向を指さしてくれたゴーギャン、ではあったような気がした。

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2009.02.08

いのちのいろ

Inochinoiro 副長さんシャインさんのブログで知って、行ってみたい見てみたい…と思っていた、「葉画家」・群馬直美さんの個展に、もうあと一週間で終了という時になってやっと、行ってきたよ。
 会場の「花みどり文化センター」は、昭和記念公園のみどりの文化ゾーン内にあって、立川駅から徒歩でアプローチでき、入場料を払わずに入っていける場所だった。
Inochinoiro_2  ルーを連れて行ったので、じっくりゆっくり作品を眺める時間がとれなかったのは、失敗したなぁ。群馬さんの文章も、全部は読めなかった。それでも、群馬さんの絵心というか、そう、「いのちのいろ」の一端にでも触れることができたような気がして、ほんわかした気分になれた。
 母校の農大二高生の応援歌になるように描いたという、二股の大根の絵が素敵。それと、副長さんも書いていたけれど、イタヤカエデの2枚の絵と、それに添えられた群馬さんの言葉が、印象に残った。
Inochinoiro_3  会場には、絵画だけではなく、群馬さんの「混沌時代の」立体作品もどど〜んと展示されている。・・・芸術作品を前にして、何を想うか、ルー・・・。

 立川ではこの後、デパートを回って大きな買い物をしたよ。何を買ったのかは、後のお楽しみ。(てか、スポンサーは岩手のおじいちゃんだけれど。…と言えばわかるよね。家に届くのは大安の17日だ。)

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2006.11.19

特別展 仏像

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 門外不出とされてきた滋賀・向源寺の国宝、十一面観音菩薩立像、見てきたよ。
 東京国立博物館で12月3日まで開催されている「仏像 一木にこめられた祈り」展。タイトルの表す如く、一本の木材から仏像を彫り出す「一木彫」で造られた仏像ばかりを集めた展覧会だ。
 まず一室目は、十一面観音菩薩立像のオンパレード。えっ、これは国宝じゃぁないの?と思うくらい、個性的な仏像が並ぶ。(けれど確かによく見てみると、指が欠けていたり、鼻が欠けていたりしていたかな。)時代も古いものだから、日本の木彫り職人によるものではなく唐代の職人によるもので、それでお顔もオリエンタルなんだよね。
 さて次の部屋からは、大物の仏像が続々登場する。唐招提寺の持国天と増長天とが並んでいて、一方は唐人作で立派だけれど、一方は倭人が彫ったものでいささか淡泊だ、と解説にあった。・・・そ、そうなんだ。阿吽の違いかと思っちゃった。。。そうして進んで行くうちに、いよいよ御対面です、国宝の十一面観音菩薩立像。いやぁ、やっぱりとても魅力的な仏像だった。少し、腰をくねらせて立っている姿が美しいね。(誰かをモデルに立たせていたのかな?)そしてこの仏像は、ぐるりと周りを回れるように展示されているんだけれど、後ろに回って十一面のうちの最後の?一つ(暴悪大笑面!)を、しかと拝んでおきましょう。・・・皆、離れがたそうにしてこの菩薩様を取り巻いていたよ。
 でも、展示はこれで終わりじゃぁありません。えっと、素敵だなと思った、衣の裾をつまんでいた仏像は、どこのどなただったっけかな・・・。更に隣の部屋へと移って、鉈彫という荒々しい彫り方をした仏像にも、お気に入りはいくつかあった。見ていて心癒されるのは、岩手・天台寺の聖観音菩薩立像。見て、思わずハッとして、何じゃこりゃ〜と言いたくなるのは、京都・西往寺の宝誌和尚立像。(とにかく行って、自分の目で確かめてぇ〜!)
 最後の展示は、江戸時代の、円空と木喰という二人の仏師の作品群だった。「一木にこめられた・・・」ということで、なるほどそうくるかって感じ。円空も木喰も、それぞれに個性的で芸術的で、充分楽しませてくれる作品達だった。
 仏像に知識が無くても、この仏像展はとっても面白かった。予習していけば、もっと楽しめたかも・・・。ただやっぱり、ちょっと混んではいるかなぁ。みんな何げに、仏像が好きなんだね。

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2006.10.22

ピカソとモディリアーニの時代

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 芸術の秋、ということで、渋谷Bunkamuraへと展覧会を見に行ってきた。ちょっと前に安藤さんがブログで紹介していて見たいと思っていた、「ピカソとモディリアーニの時代」だ。
 今日日曜日が、最終日だった。少々混んではいたけれど、ごった返すと言うほどでもなかったので、よかったよ。
 とりあえずお目当ては、モディリアーニ。たぶん日本人には、モディリアーニ好きな人って、多いんじゃないかなぁ。(その、廃退的な人生や夭逝したことで「悲劇の画家」と呼ばれていること等々の背景も含めて、時代を象徴する芸術家だよね。)彼の描く肖像画に特徴的な、塗りつぶされている目に見つめられると、なんだか悲しくなってくるのは自分だけ?(だから、本展覧会のちらしの表紙を飾っている「母と子」について、会場の解説には画家の精神的な安定期を反映したものとか書いてあったように思うけれど、(そして実際に、そうなのかもしれないけど、)自分はなんだかやっぱり、冷たさのようなものも感じたんだなぁ。一方で、「肌着を持っている裸婦」という絵はよかったよ。モディリアーニの裸婦画はあまり見られないから、貴重なものを見せて貰った気がした。
 展覧会の印象は、「ピカソとモディリアーニの時代」と銘打ってあるけれど、つまりは、リール近代美術館という美術館の基礎を築いた二人のコレクターの趣向による展覧会だった。こういう見せ方もありかなって、思ったよ。例えば「ピカソ展」としてあちこちの美術館からピカソの作品を借りてきて展示するやり方や、例えば「ルーブル展」として様々な趣向から数多くの名画名作を展示して貰えるのも楽しいけれど、一つの見方やテーマがあって、こんな絵を集めてみたけどどう? みたいな展覧会もいいね。ま、企画力の問題だね。(今回の「ピカソとモディリアーニの時代」は、微妙に強引なタイトルだったような・・・。そうしないと、人が集まらないからかな。本当は「リール近代美術館展」でした。)
 ところで余談。ユトリロの「サン・ルイ・アン・リル通り」は、何だか一つだけ浮き立って場違いな感じがしませんでしたか? とりあえずユトリロ作の、時代を映すものと言うことで、並べたかったのかな。
 それから、クレーという画家の作品を初めて見ましたが、なかなか素敵でした。ただ、「17種類の香辛料」という作品で気になったことが。抽象画なんだけれど、絵の中に数字がちりばめられていて、きっと1〜17まであると思って数えてみたんだけれど、どう探しても「15」がない? しばらく絵の前で立ち止まって、探しちゃいました。(そんな経験、しませんでしたか?)

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