雑感

2008.12.14

心が痛い。

 東金の幼児殺害事件で、12月6日に容疑者が(死体遺棄容疑で)逮捕された。
 事件が起きたのは9月末のこと。幼い子が殺されて無惨な姿で遺棄されていたというショッキングな事件に、小さな子を持つ親として、幼い子へ向けられた狂気に憤りを覚えると同時に、一日も早い犯人逮捕を願っていたところだった。
 亡くなった女の子は、もっともっと生きたかったろうに・・・と思うと、ただただご冥福をお祈りするばかりである。また、親御さんの悲しみに思いを致せば、こちらも心が痛むばかりであった。
 最近こんな(力や立場の弱い者を、暴力で支配したり傷付けるという)事件ばかりだ。被害にあった子ども達は還らないだけでなく、犯人が捕まらないことも多くなった気がする。こんな事件が、起こってはならない。こんな事件を起こす社会であってはならない。そして、犯人は許せない・・・。少し前までは、そう思っていた。

 東金事件の容疑者は、養護学校の卒業生であることを知った。
 そのことは、今、特別支援学校に勤める自分にとって、二重のショックとなった。学校の関係者もそうである。今回の事件に、皆が心を痛めている。・・・痛ましい事件に怒り、憎むべき犯罪に憤りながらも、事件を未然に防げなかったことに、他人事ではなく動揺している。被害に遭われた方のことを思いながらも、容疑者の青年がなぜこのような事件を起こしてしまったかと、今さらだけれど、心痛している。

 今まで「養護学校」と呼ばれていた学校は、特別支援教育の理念のもと、2007年4月から「特別支援学校」と名称が変更された。じゃぁ、特別支援ってのは、いったい何だ。例えば、知的に障がいのある若者の住む世界を特別視し、どんどん高い壁を作って隔離することが特別支援、じゃぁないだろう。もちろん、手も足も出さずに心を痛めるだけなのも、何の支援でもあり得ないけれど。
 容疑者の青年に情状酌量を、と訴えたいわけではない。ただ同時に、「また障がい者による犯罪かよ」といった偏見を持つことも、どうかしないでいただきたい。できれば、なぜこのような事件が起きたのかを、私たちの社会の問題として、皆で真摯に考えてみたいと思った。

 東金事件のような、こんな事件が起こってはならない。こんな事件を起こす社会であってはならない。その思いは、変わらない。

 追記。
 事件に関して様々なことが話題にされ、Web上にも流れている。その全てに目を通したわけでも出来るわけもないのだけれど、杉浦ひとみさんという弁護士の方のブログでのご意見に、私は共感を覚えた。

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2007.12.02

瑠璃色の地球。

 11月の末、我が家に待望の赤ちゃんがやってきた! 「待望の」・・・そう、赤ちゃんは、自分もカエも40才を過ぎてからの、初めての子どもだったから。
 そもそも自分たちは結婚が遅かったので、まぁ子どもが出来ればいいけどなぁ〜・・・くらいに、はじめ俺は考えていた。しかし、カエの方は少し違っていたようだ。やはり、高齢出産ということを考慮すると、すぐにでも子どもは欲しかったのだろう。彼女は、結婚して一年もたたないうちから、不妊治療ということを考えたのだ。
 え?・・・。という思いが、俺の正直な反応だったろうか。まだ、自然に任せていても良いんじゃないの?と戸惑う俺と、さっそく病院に通い出して治療を始めたカエとの間には、どこかちぐはぐな認識のズレみたいなものがあったかもしれない・・・。
 その頃ちょうど、代理出産によって授かった子どもの出生届に関して、最高裁の決定が下されるという出来事があった(07年3月23日)。その決定では、代理出産という「民法の想定していない事態が生じており立法による速やかな対応が強く望まれる」と指摘はする一方で、東京高裁が品川区に下した出生届受理の命令は認められないとして、東京高裁の決定を破棄したのだった。この裁判は、タレントの向井亜紀さんが起こしていたということもあって、様々なメディアによりとりあげられ、同時に、不妊治療や代理母出産、ひいては生命倫理の問題に関する様々な議論がなされたりもした。そうして自分も漸く、自分自身の問題として、不妊治療について正面から真剣に考えなくてはと思うようにもなったのだった。

◎子どもを欲しいと思うのは悪いことか?
→間違ってはいない。
◎自分は子どもが欲しいのか?
→子どもができれば、さらに楽しい暮らしになるだろうとは思う。
◎欲しいものは手に入れるべきか?何でも手に入れられるのか?
→お金を積めば何でも手に入るというのは、それはそういうものではないと思う。今の暮らしのままでも満足しているし感謝もしている。ただ、可能性があるなら挑戦してみようというのは、山ヤの信条とも、悲しい性とも言えるものかもしれない。
◎不妊治療を続けるとして、どのステージまで進むのか?
→・・・・。

 そして、本当に幸いなことに、俺らはこの07年4月の初めに、子どもを授かったことを知ったのだった。不妊治療はまだ初歩の段階だったけれど、さてこれから先はどうしようかとも、考え始めていたところであった。だから、命を授かった奇蹟には、誰にということもなく「ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいだった。実際、俺らは評判を聞きつけては、子宝神社のようなところへお参りにも行った。また、自分たちはたまたま、自分たちに合った不妊治療の病院・医師と巡り会えたのかもしれないとも思った。(病院によっては、治療に来る患者さんをまるで「子どものできないダメな女性」として扱うようなところもあるということを、口コミで聞いてたりもした。)
 子どもを作る作らないは、夫婦の個人的な生き方の問題のはずだ。また、子どもが欲しくても様々な理由で叶わない人もたくさんいらっしゃる。そうした方達が対峙せざるをえない社会の冷たい壁のようなものを、一瞬だけれど垣間見たような気がする。やはり日本という国には、まだまだ偏見や差別がたくさん残っているのだなぁと感じた、妊娠判明までの治療期間だった。

 さてここで、話題をちょっと替えるとしよう。日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた月周回衛星「かぐや」が、11月になって「地球の出」のハイビジョン撮影に成功したという知らせが入ってきた。NHKのTVニュースでもその映像が流れていたので、記憶に鮮明に残っている人もいるだろう。(ところで「地球の出」という現象は、月の周りを回る衛星からのみ見られるものなのだそうだ。つまり、実際に月面に立つ人には、地球はほぼ同じ位置に動かずに見えるので「地球の出」を見ることはできないのだとか。なるほどねぇ。)
 宇宙は、限りなく真っ暗闇の世界である。月にはもちろん大気はないので、月の空も常に真っ暗だ。その、真っ暗な空の中、荒涼とした月の地平線の向こうから、一つの青い星が昇っていく・・・。この、青い星は、なんて綺麗なのだろう・・・と、その映像を見ていて自分は思った。と同時に、「かけがえのない」という言葉が、頭に浮かんでもくるのだった。真っ暗な宇宙空間に浮かんだ、かけがえのない青い星、瑠璃色の地球。今のところ、見渡す限りの宇宙空間にあって、生命の宿っているとわかっている星は、この地球だけなのだ。なんだか寂しいようにも思えてくるし、なんて不思議なことだろうとも思う。そして、この星に宿った命とは、かけがえのない家族なのだとも思えてくるから不思議だ。「地球の出」の映像を見て、皆さんはどんなことを思ったろうか・・・・。

   自分とカエとは、ご存知の方もいるだろうけれど、この、俺のHP「すべての高い山に登れ」を通じて知り合い、付き合いが始まった。はじめ俺らは、webというバーチャルな世界で挨拶を交わし合うくらいの友人だった。俺と知り合う前のカエは、派遣の仕事をしてお金が貯まればネパールへと旅行しに出かけ、また帰ってきては仕事をし、資金ができればヒマラヤへとトレッキングに行くというような、ちょっと変わった女性だった。(もちろんカエも俺のことを、「ここにも変わった奴がいる!」と思って見ていたわけだけれど。)
 ネパールなどでトレッキングをしていた時にカエは、シェルパ達がそうしていたようにお守りの石を持って山や谷を歩いていたそうだ。それは、ラピスラズリという青色の石だった。ラピスラズリは、最も古いパワーストーンの一つとしても知られていて(古くは、ツタンカーメン王のマスクの装飾品にも使われていた。イタリアのルネサンス期には、メディチ家の紋章の図柄に描かれてもいる。)幸運を招く石ともされているものだとか。
 日本では、ラピスラズリは、古くから「瑠璃」と呼ばれてきた貴重な石だった。

 初めての子どもに、俺らは「瑠璃」と名付けることにした。俺らの星、瑠璃色の地球が、これからも青く美しくありますようにという思いも込めて。かけがえのないものへの、感謝の気持ちとともに・・・。

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2006.09.12

9.11から、5年・・・。

 あの日、TVの向こう側で起きている出来事を、俺はどんなふうに見ていたっけか。確かあの日、「ニュース・ステーション」の久米宏は夏休みで、渡辺真理の孤軍奮闘ぶりをビールでも飲みながら眺めていたように思う。あれから、5年。番組は終わったし、ニュース番組に彼女の姿もないなぁと、ふと思った。
 5年間で、自分には色々な出来事があった。(最初の、アコンカグア登山。高山病と、それに続く入院・開頭手術。母の死。仕事を退職したこと。足の骨折。2度目のアコンカグア登山。ジョン・ミューア・トレイルの踏破。結婚。3度目のアコンカグアで登頂。マッキンリー登頂。そして、再就職。)それは、人生を180°、いや360°(?)変えるような出来事たちだったと言えるかもしれないな。色んな意味で、生きていることへの感謝と、それを不思議に(だから大切に)思う気持ちも忘れないでいようと、あらためてこの9.11という日に、そう思った。。「9.11」の犠牲者は、約3000名だとか・・・。それぞれに、様々な人生があったろうに。・・・・
 「9.11」事件以来、ある意味世界はどんどん窮屈になってしまった。一概には言えないけれど、アメリカが、戦争を止めない影響は大きいと思う。イラクへ派兵された米軍人の死者は、何人になったのだろう。2003年正月からの、戦争によるイラク民間人の犠牲者数は、4万人を超えたという。(NGO「イラク・ボディーカウント」の調べによる。)
 昨日、車を走らせている時に、カーラジオで何とはなしにこんなことを聞いた。・・・イラクでは、4万人もの民間人が殺されたという現実に関して、「それに比べりゃ日本は平和だよねぇ〜。」と言う人がいるけれど、その平和な国日本では、年間で、3万人以上もの自殺者を出しているという異常事態が起きているのだ、と。

 それで憂鬱な気分になったのを晴らしに、というのではないけれど、俺は、ミニスカートを履いたキャンペーン・ガールのお姉ちゃんに会いに、わざわざ高尾の山までビールを飲みに行く。
 自分は、少しも立派な人間じゃぁないんだよ。・・・・なんとか、今日も生きてる。

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2006.04.13

記憶って何だろう。

 先日見に行った映画の原作本『博士の愛した数式』(小川洋子・著。新潮文庫。)を読み終えて、あらためて記憶って何だろうって思った。
 物語には、記憶が80分しか持続しない数学者の「博士」が登場する。博士は、自分のその特異な病気を認識するために(忘れないように)、背広の袖に「ぼくの記憶は80分しかもたない」と書いたメモを留めてある。たとえどんなに大切な人であっても、(買い物に出るとかで)会わないでいる時間があり、80分過ぎてしまって(買い物から)その人が戻った時には、博士にはその大切な人が初対面の人となってしまうのだ。・・・考えると、なんて悲しいことなんだろうって思ってしまう。大切な人との想い出を、何一つ重ねていけない人生だなんて・・・。
 自分も、物忘れのひどい時があるけれど(あは。)、覚えていたはずなのに〜・・・という感覚と、記憶がまっさらになってしまうのとでは、まったく違う。実は、自分は発作持ちで、(と言っても、今は発作は薬でほぼ抑えられているけど。)発作から意識が戻ってからの数分間に、記憶の抜けてしまった状態というのを経験したことがある。気が付くと救急車の中で、救急隊員に「わかりますか? お仕事は何ですか?」と聞かれても、わからない。(自分の勤め先を忘れている。てか、知らない!)まず、日にちがわからなくて、不安になる。けれどなぜか、自分の名前だけは覚えていた。それは、忘れているのとは違って、もっとなんて言うか、ホワイトアウトの霧の中を彷徨うような、真っ暗な夜に深い深い陥穽に延々と落ちていくような、そんな感覚だった。(自分の場合、記憶はすぐに戻ってきたけれど・・・。すぐに、と言うか、それはまるでパソコンが起動するように、少しずつ頭の中で電気信号が交わされていく瞬間だった。)
 自分が自分でいるってことは、そもそも記憶を積み重ねていくことでもあるんじゃないだろうか。全く記憶をなくしてしまったら、自分はただの生きる箱でしかないのでは? ほんの少しでも記憶を喪失してみれば、そういう不安に駆られるものだと思う。アイデンティティーとは、記憶の蓄積によって作られるものなのだろうかと。
 でも、『博士の愛した数式』を読んで、博士の病気を哀れに悲しく思うよりも、もっと、優しく愛おしい気持ちになれたのはなぜだろう。・・・人ってやっぱり、人と人との関係の中で自分を見つけ、自分を作っていくものなのかもしれない。
 『博士の愛した数式』。博士と、家政婦の「私」、そして私の息子(タイガースファンで、頭のてっぺんが平らなことから博士により「ルート」とあだ名された小学生。)の三人が共に過ごした日々の物語。映画と原作本とでは、少し内容が違っていたけれど、どちらもなかなか素敵だった。お薦めです。

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2006.03.31

ブログを作る意味を考えてみた。

 ニフティさんでココログのメンテナンスがあって、ユーザーの間では喧々囂々たる意見が飛び交っているみたい。それに合わせてというわけではないのだけれど、自分もブログの模様替えを、ほぼ一日がかりでやってみた。(たいした変更はないんだけれどね。)新年度だしってことで。
 ところで最近、自分がHPやブログをやってる意味って何だろうと、真剣に考えるようになっていた。ほんの数年前は、そうつまり自分がHPを作り始めた頃には、自分のしてきた冒険や山行のことを報告する場としてのHPの意味ってのが、確かにあったように思うんだ。・・・ところが今や、パソコンを持っている人の誰もが簡単にブログを作れ、通信環境も発達したので誰もが手軽にHPを持てるご時世だ。有り余る情報に溢れ、楽しく丁寧に作られたブログでいっぱいのWebの世界の中にあっては、自分の発信する情報なんて、クズみたいなものだ。・・・これからも自分がブログを発信し続けるとしたら、それはただ単に自己満足を形にして垂れ流しているだけではないだろうか。
 HPを作り始めた頃、自分には、会えなくなってしまった大切な人に向けて、今の自分はこんなふうに生きてますよって訴えたいんだ!というモチベーションみたいなものがあったと思う。あるいは(邪な考え方かもしれないけれど)、まだ会えないでいる、きっとどこかにいるであろう未来の大切な人(?)に向けて、自分の存在をアピールしていたのかもしれない。・・・・。でも今は、「すべての高い山に登れ」の愛読者?だったカエちゃんが隣にいる。じゃぁ俺は、俺のことをいったい誰に向けて伝えようとしているんだろう・・・。HPの掲示板に書き込みがなかったりすると、二人で「誰も書き込んでくれないね」などと話題にしてしまったり・・・。あれれ、何かおかしくないか? それでHPの掲示板は、先日廃止してしまった。
 このブログ、実は有料のコースで利用しているから、そろそろ潮時かなとも思っていた。HPの方も、ちっとも更新が進まないし。・・・ただ、そういう波って時々来るんだよね。もう辞めちゃおうかなって、考える時が。そんな時は、誰のためなのか、自分のためなのか、何かのためなのか、ちょっぴり立ち止まって頭を冷やそう。そうすればやっぱり結論は、継続は力なりってことなんだろうな。色々なことを投げ出してしまってきた自分だからこそ、ひしひしとそう思えるよ。
 楽しかったことも、山行も、共有できて、真っ先に報告できる人が今そばにいる。それなのにまだ、つまらないブログやHPをダラダラと俺が続けていくとしたらそれは2番目か3番目に大切な、あなたが、いてくれるからです。

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2006.03.01

「氷壁」評。

 NHKの土曜ドラマ「氷壁」がこの間の回で終わったので、あちこちでその評判を見て回ってみると、・・・ふむふむ、あれはどうもよろしくないよ、という意見もボチボチあるね。
 まず、井上靖の原作と、まったく違うじゃないか! という指摘が多いのかな。実は俺は井上靖の本を読んでないからね、何も語れないし、(かつての、前穂でのザイル切断事件のことは聞いて知ってるけれど。)だから単純にNHKドラマを楽しめた口です。井上靖のファンにしてみれば、思い入れのあるタイトルだろうから、あまりいじられたくはなかったのかもね。
 以前、TBSのドラマで「人間失格」というのがあって、そのタイトルが、太宰治の遺族からの抗議で「人間・失格」になり副題も付いたってことがあったっけ。でもあのドラマは、原作とか原案に太宰の作品を借りたのではなく、内容がまったく違うものだった。それ故の抗議だった。ところで、そもそも本や雑誌なんかのタイトルには、法律上の著作権はないのだとか。(詳しくはこちら。)ふ〜ん。「原案、井上靖『氷壁』」と表示したNHKは、むしろ親切と言うことか。(もちろん、原作を利用して視聴者の興味関心を惹き付けたわけではあるけれど。)
 もうひとつ意見が多かったのが、男にだらしない(?)美那子(鶴田真由)って、何なんだぁ〜というものだったかな。ふ〜ん。・・・これまた、毎回欠かさずしっかり見ていたわけではないから何とも言えないのだけれど、最終回だけを見る限りでは、美那子の生き方はあれしかなかったのでは?って思うんだ。 街の中で、車道を挟んで棒振りのアルバイトをしている奥寺(玉木宏)を見てしまった美那子のシーンになった時に、あぁ、かの女は別れを決意するんだなって俺は思ったよ。愛しているからこそ、そばにはいられないってことも、時にはあるのでは?・・・よくわかんないけど。奥寺は、逆に「山男が本気で人を愛したら、山をやめる。」というようなことも言っていたけれど。でも、美那子は、山を愛している山男を、愛してたんだよね。・・・。というような議論を、家ではしました。はい。
 結局、NHKさんとしては、ドラマの中では「ただの悪人は」誰一人として描かなかったとか。ふ〜ん、なるほどね。でも、一番大人だったのが、若い男に走った妻のことを、玄関に鍵もかけずにただ黙ってひたすら待ち続けていた八代(石坂浩二)だったよね。奥寺役の玉木宏と北沢役の山本太郎とは、最近頻繁にNECのコマーシャルで一緒に見かけるもんだから、あれれ?って思ってしまうね。はは。大人げないのは、NEC? NHK? それとも俺か。

あぁ、そうだ。今日は映画の日で、久しぶりに映画「博士の愛した数式」を見てきたよ。

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2005.11.29

人は走らずに、生きていけるものなのかどうか・・・。

 右足の踵と足首を骨折したのは、もう去年の夏の始めの頃だ。それ以来、走ってない。(電車に遅れそうになってちょっとだけ小走りになったことはあるけれど、そんな程度。)正確に言うと、走れない、のかもしれない。
 足首の下あたりを支えているのは、小さな細かいいくつもの骨で、それらが微妙に間隔を保って足の形を支えているらしい。骨折した時に、どうやらその骨と骨とが干渉し合ってしまったんだけれど(つまり、骨が、他の折れた骨に刺さったみたいな感じ。)上手く治らないと、後々痛いかもねと言われていた。その時、手術をして、うまい具合に骨と骨との間隔を離して金属プレートで繋いでしまえば問題ないと言われたんだけれど、またしても身体にメスを入れるのが嫌で、断ってしまったんだ。結果、骨折は治ったけれど、やっぱり、骨と骨とが擦れるような運動の後には、必ず炎症を起こして(?)痛くなるようになってしまった。例えば、富士山のように一気に長く下る時や、ガツンガツンと下る時、あるいは長い時間岩をよじって登るのも苦手。そして何より、走ること・・・。我慢できない訳じゃぁないし、一日二日経てば痛みはひくんだけれど、何にも煩わされずにワシワシと歩けた時があったものだから、変わってしまったんだなぁって思うんだ・・・。
 さてそこでだ。なにも山登りをしなくたって、人は生きていけるじゃないか、という意見もある。走らなくたって、人は生きていけるじゃないか。・・・って、どうなの? それ。
 山登りはひとまず置いといても、走れなくてもいいや、という気持ちになる自分が、なんだか嫌だったりした。その一方で、走らない方が、急がない方が、豊かな人生(?)を送れるんじゃないかなぁって気もしてきたり。例えば走るような状況って、たいていは時間に遅れそうな時だけれど、それは早起きすることや、そもそも時間に追われるような生活をしないことで簡単に解決することだし。・・・それじゃぁ、例えばひったくりを追いかけなくてはならない時は? 愛する人を助けるためにどこかへ飛び込んでいかなければならない時は?・・・・。
 人は走らなくても生きていけるものなのかどうか、上手く答えは出せないけれど、一つ言えることは、自由に走っている人を見ていると、羨ましいなぁ〜と思うこと。それで最近、自分の足にメスを入れてみようかなとも考え始めている。う〜ん、・・・足の中に金属片を埋めたりすれば、そこが凍傷になりやすくなるなんてことあるのかなぁ? そういうことも怖くて、躊躇していたりして・・・。

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2005.08.10

山と恋人と、どっちが大事なんですか?

 ちょっと前に、つきあい始めた人のことを報告していた飲み会で、友人のF原くんに、そう言われた。
 F原くんは俺より少し年下ではあるけれど、数年前に結婚し、可愛い娘さんもできて一児のパパにもなった。坂本龍馬を尊敬し、死ぬ時には前のめりで、なんて言ってはいるが、誰が見てもよき夫であり、頼もしい父親だ。そのF原くんに、そう訊かれてしまった。・・・・。どういう経緯でそういうことになったかというと、実はこの夏、一ヶ月ちょっとの長い一人旅(山行)を計画していると話したからだった。飲み会の席にいらしたT島先生からも、「平井さん、それは甘えだよ。」と、きついお言葉をいただいたのだった。・・・・。
 甘え、ていると、自分でも思います。はい。狡く言うと、甘えさせてもらえる人を、パートナーに選んだと言うか・・・。でも先日、「留守番、よろしく。」と軽い気持ちで言ってしまったら、彼女の目からポロポロと涙が溢れそうになって、ビックリした。・・・あ”〜〜、どう考えてもひどい男だぁ、俺って。
 それでもやっぱり、出かけていくんです、俺ってば。(カエちゃん、ちょっとの間、待っていてください。)それは、夢を追いかけるとかそういうことじゃぁなくて、今はそうやって生きるのが、現実の自分(自分の現実)だと思うから。

 F原くん、今同じ質問を尋ねられたら、俺はこう答えるよ。「山も恋人も、どっちも大事。」同じようにどっちも、じゃぁなくて、それはやっぱり、比べられないよ。俺は欲張りだから、どっちも大切で、失いたくはない。

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2005.07.10

幸せってなんだろうね。

って、そう君は俺に尋ねるけれど、なんて言うか、
そんなに難しいことじゃぁないよ。きっと。
・・・・。
ただ、こんなに混沌とした世界の中に生きていて、みんなを幸せにしてあげることは、なかなか出来ないかもしれないね。それが悲しくて、俺は泣いてしまう。
一緒に、泣いてくれる?

価値観の同じ人と、同じ場所に出かけて同じ景色を眺め、なんだか素敵だねって言えること。

そういうのって幸せかもしれないよって、山で出会ったご夫婦に教えられたんでしょ?
じゃ、ザックにお弁当詰めようか。

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2005.06.01

もう一つの「答え」。

 先日、ミヒャエル・エンデが書いた「インディアンの魂」に関する文章を紹介したら、ロビンさんが、とっても気に入ってくれたようだった。
 実は、この話には続きが、ある。案外、有名な文章なので、丁寧にWeb上で探せば、全文を載せてるサイトも見つかるよ。自分ももちろん、学校の授業で生徒に紹介したこともあるし、以前から全文知っているんだけど、全てコピーしちゃうのは、著作権的にどうなのかなって気がするので、続きも要約で紹介しよう。

 もう一つの「答え」もまた、文化人類学者の友人が、インディアン女性の口から聞いた言葉でした。
 友人が旅先で出かけた山の頂上にインディアンの村があった。その地方一帯には、山の麓一カ所にしか井戸がなく、村の女たちは毎日、半時間の坂道を下り、帰りは重い水瓶を肩にして1時間、山を登っていた。友人は、女たちの一人に尋ねた。「いっそ村ごと、麓の水源近くに移した方が賢明ではないかね。」女の答えはこうだった。
 「賢明、かもしれませんね。でも、そうしたら私たちは、快適さという誘惑に負けることになると思います。」

 ところで、そんなほのぼのとした(?)インディアンネタで僕らが盛り上がっている時に、時々拝見させてもらっている「極東ブログ」さんでも、「伝統社会的な人間は現代社会において心を病むものではないのか」という話題を取り上げていた。そこでは、ロイター発の記事から、「ネイティブ・アメリカンは、トラウマや健康にとって危険な後遺症を示すリスクの高い逆境のなかで生活している」という調査結果を紹介していた。なんだかちょっと、興味深い。はたして、魂が追いつかないのは、「伝統社会的な人間」の方なのか・・・。俺はなんだか、尺度の問題、のような気もしてきたよ。価値基準、というかね。・・・。
 話が難しくなってきちゃったので、逃げちゃおっと。
 ただ、こんなことを考えたのは、先日30日に、「もんじゅ」訴訟の最高裁判決が出て、「国の設置許可は違法ではない」という、住民側の逆転敗訴が言い渡されたからなんだよねぇ。こんなことだから、いつまでたっても魂は追いつかないし、僕らは、快適さという誘惑に負けることになるんだよ・・・。

 以下、17年前のエンデの予言(?)。

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