11月の末、我が家に待望の赤ちゃんがやってきた! 「待望の」・・・そう、赤ちゃんは、自分もカエも40才を過ぎてからの、初めての子どもだったから。
そもそも自分たちは結婚が遅かったので、まぁ子どもが出来ればいいけどなぁ〜・・・くらいに、はじめ俺は考えていた。しかし、カエの方は少し違っていたようだ。やはり、高齢出産ということを考慮すると、すぐにでも子どもは欲しかったのだろう。彼女は、結婚して一年もたたないうちから、不妊治療ということを考えたのだ。
え?・・・。という思いが、俺の正直な反応だったろうか。まだ、自然に任せていても良いんじゃないの?と戸惑う俺と、さっそく病院に通い出して治療を始めたカエとの間には、どこかちぐはぐな認識のズレみたいなものがあったかもしれない・・・。
その頃ちょうど、代理出産によって授かった子どもの出生届に関して、最高裁の決定が下されるという出来事があった(07年3月23日)。その決定では、代理出産という「民法の想定していない事態が生じており立法による速やかな対応が強く望まれる」と指摘はする一方で、東京高裁が品川区に下した出生届受理の命令は認められないとして、東京高裁の決定を破棄したのだった。この裁判は、タレントの向井亜紀さんが起こしていたということもあって、様々なメディアによりとりあげられ、同時に、不妊治療や代理母出産、ひいては生命倫理の問題に関する様々な議論がなされたりもした。そうして自分も漸く、自分自身の問題として、不妊治療について正面から真剣に考えなくてはと思うようにもなったのだった。
◎子どもを欲しいと思うのは悪いことか?
→間違ってはいない。
◎自分は子どもが欲しいのか?
→子どもができれば、さらに楽しい暮らしになるだろうとは思う。
◎欲しいものは手に入れるべきか?何でも手に入れられるのか?
→お金を積めば何でも手に入るというのは、それはそういうものではないと思う。今の暮らしのままでも満足しているし感謝もしている。ただ、可能性があるなら挑戦してみようというのは、山ヤの信条とも、悲しい性とも言えるものかもしれない。
◎不妊治療を続けるとして、どのステージまで進むのか?
→・・・・。
そして、本当に幸いなことに、俺らはこの07年4月の初めに、子どもを授かったことを知ったのだった。不妊治療はまだ初歩の段階だったけれど、さてこれから先はどうしようかとも、考え始めていたところであった。だから、命を授かった奇蹟には、誰にということもなく「ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいだった。実際、俺らは評判を聞きつけては、子宝神社のようなところへお参りにも行った。また、自分たちはたまたま、自分たちに合った不妊治療の病院・医師と巡り会えたのかもしれないとも思った。(病院によっては、治療に来る患者さんをまるで「子どものできないダメな女性」として扱うようなところもあるということを、口コミで聞いてたりもした。)
子どもを作る作らないは、夫婦の個人的な生き方の問題のはずだ。また、子どもが欲しくても様々な理由で叶わない人もたくさんいらっしゃる。そうした方達が対峙せざるをえない社会の冷たい壁のようなものを、一瞬だけれど垣間見たような気がする。やはり日本という国には、まだまだ偏見や差別がたくさん残っているのだなぁと感じた、妊娠判明までの治療期間だった。
さてここで、話題をちょっと替えるとしよう。日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が打ち上げた月周回衛星「かぐや」が、11月になって「地球の出」のハイビジョン撮影に成功したという知らせが入ってきた。NHKのTVニュースでもその映像が流れていたので、記憶に鮮明に残っている人もいるだろう。(ところで「地球の出」という現象は、月の周りを回る衛星からのみ見られるものなのだそうだ。つまり、実際に月面に立つ人には、地球はほぼ同じ位置に動かずに見えるので「地球の出」を見ることはできないのだとか。なるほどねぇ。)
宇宙は、限りなく真っ暗闇の世界である。月にはもちろん大気はないので、月の空も常に真っ暗だ。その、真っ暗な空の中、荒涼とした月の地平線の向こうから、一つの青い星が昇っていく・・・。この、青い星は、なんて綺麗なのだろう・・・と、その映像を見ていて自分は思った。と同時に、「かけがえのない」という言葉が、頭に浮かんでもくるのだった。真っ暗な宇宙空間に浮かんだ、かけがえのない青い星、瑠璃色の地球。今のところ、見渡す限りの宇宙空間にあって、生命の宿っているとわかっている星は、この地球だけなのだ。なんだか寂しいようにも思えてくるし、なんて不思議なことだろうとも思う。そして、この星に宿った命とは、かけがえのない家族なのだとも思えてくるから不思議だ。「地球の出」の映像を見て、皆さんはどんなことを思ったろうか・・・・。
自分とカエとは、ご存知の方もいるだろうけれど、この、俺のHP「すべての高い山に登れ」を通じて知り合い、付き合いが始まった。はじめ俺らは、webというバーチャルな世界で挨拶を交わし合うくらいの友人だった。俺と知り合う前のカエは、派遣の仕事をしてお金が貯まればネパールへと旅行しに出かけ、また帰ってきては仕事をし、資金ができればヒマラヤへとトレッキングに行くというような、ちょっと変わった女性だった。(もちろんカエも俺のことを、「ここにも変わった奴がいる!」と思って見ていたわけだけれど。)
ネパールなどでトレッキングをしていた時にカエは、シェルパ達がそうしていたようにお守りの石を持って山や谷を歩いていたそうだ。それは、ラピスラズリという青色の石だった。ラピスラズリは、最も古いパワーストーンの一つとしても知られていて(古くは、ツタンカーメン王のマスクの装飾品にも使われていた。イタリアのルネサンス期には、メディチ家の紋章の図柄に描かれてもいる。)幸運を招く石ともされているものだとか。
日本では、ラピスラズリは、古くから「瑠璃」と呼ばれてきた貴重な石だった。
初めての子どもに、俺らは「瑠璃」と名付けることにした。俺らの星、瑠璃色の地球が、これからも青く美しくありますようにという思いも込めて。かけがえのないものへの、感謝の気持ちとともに・・・。
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