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2014.09.10

私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか

 なめとこ山通信 39

  皆さん、こんにちは。いくらか過ごしやすくなりつつありますが、今年も暑い夏でしたね。そして想像を絶する豪雨がありました。被災し、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
 観測始まって以来の、とか、50年に一度の、とか、なんだかすごい修飾語の付いた気象現象が、頻発するようになった気がするのですが、日本は、私たちの住む世界は、大丈夫でしょうか。

 小学1年生になった娘と、夏休みの間に二人だけで出かけるという機会が、何度かありました。レストランでお昼を食べていた時のことです。「父さん、このコップは何でできているの?」と娘に聞かれました。きた、きた、今日は、「何でできているの?」攻撃です。「このコップは、ガラスでできているよ。ガラスは、熱くするとドロドロになって形を変えられるから、板にしたり、吹いて丸くしたりできるんだよ。いつか、作っている所を見に行く?」私は簡単にそう答えました。娘は一度納得すると、すぐに新しいものに興味が向きます。「じゃぁ、時計は何でできているの? カレンダーは?」そんなふうにお店の中を見回しつつ、しばらくは娘の質問攻めが続きました。それぞれ形あるものには、原料や材料があって、それらが形を変えたり組み合わされたりして、様々なものが作られている。そういうことが、小学1年生の娘に伝わったでしょうか。
 ところで、そんな娘は、虫が苦手です。ベランダに、蝉が死んでいるだけで近寄れません。その蝉が、実はまだ生きていたりすると、もう大騒ぎです。小学1年生の女の子とはそんなものでしょうか。夏休みの課題の一つが、朝顔の水遣りと、最後に、出来た種を採って2学期学校へ持って行くことでした。花や植物なら平気なようで、よく観察し、一所懸命、採れた種も数えていました。(その種から、また新しい朝顔が、来年咲くんだよ。)じゃぁ、蝉はどうしてあちこちでコロコロ死んでいるの? 蝉の新しい命は、どこから来るの? ・・・そんなことは、虫嫌いの娘は考えないのかと思っていたら、夏休み中に、「セミくんいよいよこんやです」(工藤ノリコ 教育画劇)という絵本を図書館から借りてきていました。
 8月のお盆には、家族で岩手に帰省しました。お墓参りで、「これは、おじいちゃんのお父さんのお墓だよ。」と私に言われて、娘は何か思うところはあったでしょうか。この前の誕生日に、お父さんにはお父さん(おじいちゃん)がいて、そのお父さんにもお父さん(曾じいちゃん)がいて・・・・という繋がりを絵に描いた「いのちのまつり ヌチヌグスージ」(作:草場一壽 絵:平安座資尚 サンマーク出版)という絵本を買いました。そうやって、命は繋がっていて、だからつまり、自分の歴史というのは辿れるんだという感覚が、娘に持てたでしょうか。幼稚園の時には「かにむかし(さるかに合戦)」のお芝居をするために、民家園などにある古民家を見学に行きました。それで、かやぶき屋根の古民家があれば、「かにむかしの家」と言って面白がって覗いています。昔の人は、こういう家で暮らしていたんだね。じゃぁ、もっと昔の人は? もっともっと昔の人間は、どんな暮らしをしていたの? ・・・・そんなことを想像するようになるのは、歴史を勉強するようになってからでしょうか。
 コップは何でできているの?と考える娘はきっと、自分はどこから生まれたのだろう?とも考えているのでしょう。そして、そんなことは追々わかってくるとして、では、ヒトという生き物はどこから生まれてきたのか? ということも考えてほしいと私は思います。ヒトは何からどういうふうに進化したのか、ということです。「今、生きている自分とは、何だろう」と自問するのと表裏して、自分の、人間のルーツを明らかにするという作業です。わからないこと、知られていないことはたくさんありますが、光を当てることには大切な意味があるように私は思うのです。
 私たちはどこから来たのか。・・・・

 これもまた、夏休み中の娘の疑問です。「(アニメの)プリキュアは嘘だとわかるけれど、(仮面ライダー)ガイムの世界は本物なの? 本物なら、いったいどこの世界なの?」・・・・いや、いや、本物じゃないし。でも、小学1年生にとって、サンタクロースは半分現実です。それでは例えば、7月8月のニュース画面に映された、パレスチナ・ガザ地区の凄惨な状況は、現実の出来事として目に映るのでしょうか。今この時も、女性や子どもや、街全体が、容赦なく殺されたり破壊されたりしているという現実が、この世界にはあります。どうして争いは止められないのでしょう。これほどまでに憎みあい、壊し、殺し合う生き物である私たち人間存在とは、いったい何なのでしょうか。
 7月末に、娘がなんとか少しばかり泳げるようになり、学校のプールで7級(10mを泳ぐ)をとりました。それで夕食の時に、家族でささやかにお祝いをしました。夏の初めは本当に、怖がって泳げなかった娘ですが、ずいぶん頑張ったものだと感心しました。(親バカです。)娘自身も、自分の頑張りの結果が出て、「幸せだなぁ」と言っています。そこで「父さんも幸せ?」と娘が聞いてきます。私はこの時、読んでいた本のことを考えてつい、う〜んと、返事を詰まらせてしまいました。「父さんは幸せじゃないの?」・・・・う〜ん、父さんは、ガザ地区が平和にならないと幸せじゃないかな。(今思うと、無茶苦茶です。)そもそも、幸せの定義って何だろうね。父さんは、例えば佐世保の高校生がどうして同級生を殺してしまったのかわからないと、幸せじゃないかもしれない。
 7月27日、同級生殺害という容疑で長崎県佐世保市の女子高校生が逮捕されました。この事件は、その性質上、全体像がよく見えてこないまま話題に上らなくなりつつあります。もちろんいたずらに推測することは避けるべきですが、それが特殊な事案だったのか、起こるべくして起きたことなのか、これからもどこでも起こりうることなのか、情報として事件の事実を知りたいと思います。人が、人を殺してみたいと思うようになる背景には、何があるのでしょうか。例えば、これほど危険だと言われながら危険ドラッグを吸って自動車事故を起こす人が増えているのはどうしてでしょうか。例えば、自分の子どもを1000人作ってみたいと考えて実行することは正しいでしょうか。
 世界中から紛争はなくなりません。人間の欲望は尽きません。人間が人間のことを、お互いを、正しく理解し合えることが、過去にもこれからも、あるでしょうか。自分の隣人が誰であるか、あなたは理解していますか。その人を思い遣れますか。今を生きている自分とは、そもそも何者か、自分の可能性を、自分の限界を、わかりますか。私は、知りたい。
 私たちは何者か。・・・・

 7月1日、安倍内閣は憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使容認を閣議において決定しました。新聞各紙の社説には、「長年の安全保障の課題を克服」「アジアの安定を守り、戦争を防いでいくうえで適切」とする見方のある一方で、「戦後日本が築いてきた民主主義が、あっさり踏みにじられた」「国の存立が自在に解釈され、その名の下に他国の戦争への参加を正当化することがあってはならない」「一内閣の解釈変更で行われたことは、憲法によって権力を縛る立憲主義の否定」等、この閣議決定を批判する意見が多く見られました。私はこの時、夜の学習塾で三人の中学3年生を相手に補習授業をしていました。集団的自衛権行使容認って、どういうことだかわかる? と中学生たちに聞くと、「なんだかわからないけれど、戦争するってことでしょ。」「なんだかわからないけれど、戦争は嫌だな。」そんな答えが返ってきました。さすがに学習塾の講師が、憲法や集団的自衛権を解説する時間を持てるわけもありませんでしたが、少しの時間、生徒たちと話をしました。すぐに戦争になるわけじゃないけれど、これから戦争に巻き込まれる可能性ができたことや、巻き込まれるにしても、戦争に出かけていくことが将来もしあるとしても、君たちが直面するであろう問題を、今の大人が決めているということ・・・等々。第2次安倍内閣になって、特定秘密保護法が公布され、また、教育再生の名目で教科書制度改革や「道徳の教科化」等の改革が次々と打ち出されていますが、そういったことは、戦前の日本の状況に似てきているのではと危惧しているのは、私だけではないと思います。歴史は繰り返す、とも言いますが、はたして全国の中学校、高等学校の先生方は、集団的自衛権容認閣議決定のことでは、どんな話を生徒たちにしてくれたのだろうかと思ったのでした。
 7月17日、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空機が、ウクライナ東部で墜落し、乗客・乗員298人全員が死亡するという事故が起きました。事故原因は次第に、親ロシア派集団による撃墜の見方が強まりましたが、ロシア側はウクライナ軍によるものだと主張し、事故調査も現在進展がないようです。爆破事故のニュースを耳にして、私がまず感じたことは、たいへんなことが起こったということでした。私のおぼろげな歴史の知識を辿っていけば、爆破事件は度々戦争の契機ともなっているからです。今回、ロシアとウクライナの対立が、より大きな紛争となって、世界中を巻き込んだ大戦と、・・・・ならなかったこと(なっていないこと)は、驚きでもあります。それはまだ、人間を信じてもよい、ということなのでしょうか。
 娘が図書館からまた本を借りてきました。「せかいいちうつくしいぼくの村」(小林豊 ポプラ社)という絵本です。パグマンという架空の村の話でしたが、美しい風景と、純粋な少年ヤモが登場する、どこにでもあった美しいアフガニスタンの村の話でした。そしてそれは、戦争の話でした。それが戦争の話になった時点で、「どこにでも」は二重の意味になりました。
 日本が再び、戦争の舞台となるようなことがあるでしょうか、そんなことがあってはなりません。私たちの故郷は、私たちの手で守らなくてはいけません。けれど本当に、今の日本はどこに向かっているのでしょうか。世界は、どこに向かっているのでしょうか。
 私たちはどこへいくのか。・・・・

 ゴーギャンのその絵を見たのは、もう5年くらい前のことです。東京国立近代美術館で催された「ゴーギャン展」のメイン出品物であったその絵を見るために、私はそこへ足を運びました。大きな絵でした。ちょっと暗い印象の、静かな、だけれどどこか力強い絵でした。ゴーギャンはその絵を「私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか」と名付けたのでした。
 ゴーギャンがこの絵を描いたのは1897年ということです。日本は明治30年。足尾鉱毒事件の被害者が大挙して東京に陳情に訪れたということがありました。急速な近代化の矛盾が顕れた時代です。ゴーギャンは、人間の生と死、文明と未開といった根源的な主題に行き着き、辿り着いた楽園タヒチで、この絵を描いたのでした。そこには人間の生の様々な局面が物語のように展開して描かれているとされます。しかしこの作品の真のメッセージは、この絵と相対した者がそれぞれ感じ取るものなのでしょう。私はタイトルどおり、「私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか」を、自分のこととして問われているように感じています。
 ただ、私がゴーギャンのそんな絵のことを思い出したのは、立ち寄った本屋で偶然二つの本に出会ったからです。エドワード・O・ウィルソン:著「人類はどこから来て、どこへ行くのか」と、宮代真司:著「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」の2冊です。どちらももちろん、ゴーギャンの絵が、表紙を飾っていました。
 エドワード・O・ウィルソンは、社会性昆虫の研究者という知見から、ヒトはいかにして社会進化の力を獲得し、今日の文化や文明に到達したかを説明します。その進化の道筋には、「真社会性」の獲得という、一部のハチやアリ、そして(霊長類を除けば)ごく少数の齧歯目にしか見られない、いわば進化上の「奇跡」が見られるとするのです。著者は、この「真社会性」こそが、「われわれは何者か」を解く鍵だと言います。一方、宮代真司氏は、グローバル化や高度技術化の進展に伴う見通しにくさに苦しんでいる私たちに、社会学という切り口から、私たちが「何者」で「どこから来て」「どこへ行くのか」を示そうとしています。ただ、使われる言葉・単語が、多岐にわたり、宮代流の表現になれていないと大変疲れる読み物になるかもしれません。

 「私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか」・・・私にその答えはまだ見つかりません。これは夏休みの宿題です。ただ、娘と話をしていくなかで、自分にとっても少しずつ見えてくる何かがあるような、そんな感じがしています。

Watasitatiha

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