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2008.01.27

生物と無生物のあいだ

Seibutsuto

 『生物と無生物のあいだ』福岡伸一・著。講談社現代新書。昨年のベストセラー、と言うより、やはりタイトルに惹かれて読んでみた。
 「生命とは何か?」という問いかけへの、一つの答えはまず冒頭、プロローグの中で述べられていた。「それは自己複製を行うシステムである」と。・・・なるほど、(子を産むか産まないかに係わらず)遺伝子という自己複製システムを持つことが、生物と無生物とを分かつ指標となるわけだ。
 それで本書は、遺伝子の本質であるDNAの正体を、分子生物学者達がいかにしてつきとめたのかを、わりと長々と、過去の研究者達の伝記を綴るかのようにして紹介していく。そのため、いくつかの書評を見てみると「タイトルに裏切られた」とか「内容は高校で学ぶ生物程度」等の酷評も見うけられた。・・・むべなるかな。自分も、読み進んでいて「あれ?」という感想をいささか抱いた。
 それでもこの本を投げ出さなかったのは、物語としての流麗な文章に引き込まれ、あるいは研究者達の賞レース譚にワクワクさせられ、あるいはニューヨークやボストンの街並みを思い描く楽しみに惹かれたせいだった。この本はぜひ、高校生くらいの若い人達にこそ読んで欲しい本なのである。科学書というよりは、研究物語として。美しい日本語を楽しむ本として。例えば、こんな文章はどうだろうか?

 よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。

 また例えばこんな文。

 この振動こそが、ニューヨークに来た人々をひとしく高揚させ、応援し、ある時には人をしてあらゆる祖国から自由にし、そして孤独を愛する者にする力の正体なのだ。

 必ずしも美しい日本語の例とは言えないけれど、こんな感じで楽しく読み進められる文章だった。
 などと感じつつ読み進めていくと、物語の方も終わりに近づく。そこで自分は、筆者が「生命とは何か」という問いかけのために用意した次なる答えに、少なからずハッとさせられたのだった。(・・・ここではその答えとは何か、書かない方がいいだろう。)
 もし、生命とは?の問いに対して、「自己複製を行うシステム」という答えが一つきりだとしたら。例えば、近未来において、自己複製プログラムを組み込まれたロボットが次から次へと自分を製産していったとして、そのロボットは生物と言えるだろうか?(ホンダのロボットASIMOは自分で充電しに行くというから、もしASIMOが自己複製プログラムを手に入れたとしたら、壊れることがない限り生き続ける生物と言えるのか?)
 そんなことをぼんやり考えていた時に本書の終盤に示されていたことが、筆者の新たな答えなのだった。
 実は自分は、脳の手術を受けたことがある。それは、単純に言えば切って貼ってというような外科手術だった。けれど、部品を新しい物に交換すればそれでいい、ということで済む話ではなかった。そしてそこの所が、自分の「生物」としてのメルクマールだったのだと、この本によってあらためて気付かされて、なんだかちょっぴり感動してしまった。(たぶん、わかってもらえる人は少ないかな・・・。)

 生命とは何か。答えはたぶん、誰もが漠然と思い描いてはいる。けれど、上手く定義づけるのはなかなか難しいし、本書がその問いを解決し切れているかと言えば、そうでもないのかもしれない。見つかっているけれど見つからない答え・・・。そんなことを思って、そうしてそれで、なんだかいい本だったなぁと、思った。

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