« 甲斐駒ファン倶楽部。 | トップページ | 甲斐駒〜鋸。 »

2007.08.25

「戦争」のことを考えた夏

 なめとこ山通信 11

 みなさん、こんにちは。今年の夏はどこへ行っても、本当に暑い夏でしたね。お元気でお過ごしでしょうか。部屋の中にいても熱中症にかかってしまうことがあるということですから、これからの残暑の時期も充分気を付けてお過ごし下さい。今回の「なめとこ山道信」は、いつもとはちょっと調子を変えて、この暑い夏に私が考えていたことをお話しします。それは「戦争」のことです。

 8月は、6日に広島、9日に長崎の原爆忌があって、15日には終戦の日を迎え、テレビを見ていても(高校野球を観戦していても。)戦争のことを思う機会が多くありますよね。日本にとって最後の戦争から、62年です。あと十数年もすれば、戦争の実体験を語れる方はいなくなってしまいます。しかしあの戦争のことを、自分のこととして深く心に刻みつけている人達もまた、今なおたくさんいらっしゃることも現実です。また、世界各地では今この時でも、民族間の紛争や侵攻という形の戦争状態、テロという名目の殺戮が繰り返されています。
 一方で日本では、憲法(9条)改正がしばしば話題に上り、来年の歴史教科書からは沖縄戦での集団自決の記述が修正されることが決まり、防衛大臣が「原爆投下は仕方なかった」と発言しました。それもまた、戦後62年の日本の現実です。隣国からの核攻撃がなんだか現実味をおびて想像出来るようになった年でもあります。そんな時期に、戦争のことをあらためて考えるきっかけとなったことが三つ、私にはありました。
 まず一つは、「夕凪の街 桜の国」という映画を見たことです。これは、こうの史代さんのコミック本(双葉社刊)が原作となり映画化された作品です。物語は、原爆投下から10余年を経て復興が進む広島に暮らす女性と、彼女の姪に当たる平成19年の現代の東京に生きる若者という、二人の女性・二つの時代とを結び付けて、現在もなお被爆者の抱えている問題を指摘しつつ、なにより生きることの喜びを描いた作品でした。素直に、世界中の色んな国の人に(現代の豊かそうに見える日本にもこんな時代があったのだということを知らない人がいるとしたらその人に、日本の防衛大臣にも、イラクでの戦争を続けるアメリカ大統領にも)見て欲しいと思える映画でした。
 二つ目は、終戦の日の前にシリーズで放映されていた東京裁判に関するNHKスペシャル、「A級戦犯は何を語ったのか」と「パール判事は何を問いかけたのか」とを見たことです。この時、東京裁判についても、パール判事についても、自分の知識はまださっぱり充分ではないなぁと感じたのでした。そして、色んな方面からの声や主張にも耳を傾けなければいけないと認識し直したりもしたのです。良くも悪くも私のアイデンティティーは、日本人としての私の中にあります。日本がこれから、国際社会の中でどういう立場をとっていくのか、とるべきなのかは、これからの日本を担う私たち一人ひとりが向き合わなくてはならない問題です。だから、様々な立場の人達とも意見を交換し合いながら、やっぱり自分の考えというものをしっかり持たなくてはいけないなと、今さらながらに思ったのでした。
 もう一つは最近、「となり町戦争」という本(著・三崎亜記、集英社文庫)を読了したことがきっかけとなりました。この本はたまたま読まずにいた文庫本で、ちょうど暇だったから手にしたというほどのものでした。読後の感想は、なんだか少し不思議な感覚でした。そう表現するのは逃げているようにも自分で思うのですが、これはなんだろう・・・。と考えてしまって、あとからちょっと怖くもなったのでした。内容はこんな小説です。ある日、主人公の家にいつものように町の広報が届きます。そこに「となり町との戦争のお知らせ」が、小さく載っていたのです。やがてお知らせ通りに開戦の日を迎えるのですが、主人公の日常には大きな変化は起こりません。さらに主人公は、町役場から突然理由も分からないまま偵察業務に就かされることになります。それでも町は一見して平穏でした。ただ、日々のニュースで発表される戦死者の数が、戦時ということを伝えるのでした。淡々とした日常生活を、知らず知らずのうちに蝕んでいく戦争。やがて、見えない戦況がにわかに緊迫していき、そして・・・・、といった感じです。この小説で作者・三崎氏は、第17回小説すばる新人賞を受賞しましたが、いくつかの書評を眺めてみると、テーマやプロットについての酷評も多々見られました。正直私も、物足りなさといいますか、曖昧に誤魔化された感じを抱いたりもしましたが、戦争をこのような切り口から表現したという点で、色々なことを考えさせられたりもしたのでした。
 戦争を身近に感じる時は、映画や、テレビ番組や、読んだ本であったりするという時代になりました。もちろんそれは良いことで、これからも平和が続きますようにと願わずにはいられません。しかし平和なのは、(世界を見渡せばすぐにわかりますが)ごく身の回りのことだけですし、実は知らず知らずのうらに戦争の影は近づいているのかもしれません。(法律が、一部の国会議員の思い通りに変えられたり作られたりしてしまうのが、日本という国の現状なのです。その国会議員達を、私たちは選んでいるはずなのですが・・・。)平和ボケという言葉がありますが、平和を思い、戦争は二度としないと思うことは、これからもずっと大切なことなのだと、あらためて思った夏なのでした。

 私は、大切な人は自分の手で守りたいと思っています。それなら、大切な人を守るためなら人を殺せるか(戦争に加われるか)となると、私は考え込んでしまいます。そういう事態にさせないためにもまず、自分が行動しなければならないのだとも思った夏なのでありました。(今回はずいぶん変な話しになってすみません。皆さんの意見を冒険学校に寄せていただけたら嬉しいです。)

|

« 甲斐駒ファン倶楽部。 | トップページ | 甲斐駒〜鋸。 »

なめとこ山通信」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29037/61512434

この記事へのトラックバック一覧です: 「戦争」のことを考えた夏:

« 甲斐駒ファン倶楽部。 | トップページ | 甲斐駒〜鋸。 »