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2006.11.25

探訪モリーオ市

 なめとこ山通信 8

 みなさん、こんにちは。秋から冬へと、季節が移ろいゆく時候ですが、いかがお過ごしでしょうか。先日11月初めの連休には、皆さんどうされていましたか? 北国からの山の紅葉もだんだん下りてきたところでしたが、私は岩手を訪れて、盛岡の街をブラブラとしてきました。(もちろん他にも用事があって、秋田駒ヶ岳という山にも登ってきました。)
 ところで、岩手と聞いて、皆さんが思い浮かべる人物は誰でしょうか・・・。岩手は、詩情豊かな二人の文学者を輩出した土地ですが、今日はその二人、石川啄木と宮沢賢治の話を、盛岡と絡めてしてみましょう。どうぞ皆さんも、ブラリと盛岡を訪ねた気分になって、お読み下さい。

 東京から盛岡へは、新幹線を利用すれば3時間弱で着くようになりました。朝早い新幹線に乗れば、お昼前には盛岡に到着です。盛岡には、市内観光にもってこいの「でんでんむし号」という市内循環バスが走っていますから、その一日フリー切符(300円です。何度でも乗り降りできます。)を買って、半日遊び回りましょう。でんでんむし号は、右回りと左回りとありますが、今日は左回りで盛岡駅を出発してみましょうか。駅東口を出発して四つ目の停留所「岩手公園」でバスを下ります。ここは、別名「不来方城」とも呼ばれた盛岡城跡のお堀端です。石垣の上を巡って、公園内を散策してみてください。宮沢賢治や、啄木の歌碑は見つけられたでしょうか?

 不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五の心

 岩手公園を通り抜けるように歩いて、中津川に架かる中の橋を渡ると、左手に、岩手銀行の古い建物が建っています。これは、明治44年に建てられた旧盛岡銀行の建物で、赤レンガ造りの、当時としてはとてもモダンな建物であったということです。すぐ近くには旧第九十銀行だった同じく明治時代の建物もあって、ここは現在「もりおか啄木・賢治青春館」となっています。石川啄木は晩年を東京で過ごしたのでこれらの建物を訪れてはいませんが、10歳年下(明治29年生まれ)の宮沢賢治は、13歳から24歳までの青春時代を、ここ盛岡で過ごしていますので、もしかすると賢治も訪れていたかもしれませんね。賢治は、青春時代への思いを込めてか、盛岡のことを「美しい森で飾られたモリーオ市」と呼んでいるのです。

 さて、お昼は「啄木・賢治青春館」の企画展を見るもよし、お隣の「プラザおでって」(観光業内所です。特産品の販売、軽食喫茶有り。)で郊外の情報を仕入れるもよし、その後は、中津川沿いをブラブラと歩きましょうか。11月のこの時期、河原(に近い川底)には、よく見ると鮭の死骸がいっぱいあります。中津川には10月くらいから、北上川を経て鮭が産卵のため遡上してくるそうで、盛岡の風物詩になっているそうです。市役所のすぐ裏の川で鮭の壮絶な命のやりとり?を見られるのが、ここ盛岡なのです。
 中津川を上の橋まで行くと、そこからまたでんでんむし号に乗れます。まだ歩ける人は、もう少し川沿いを進みましょう。その辺りは加賀野といって、石川啄木が一時期暮らした場所です。ここで啄木は、文芸誌『小天地』を発行しました。啄木は、この小さな街角から、文学界に新風を吹き込もうとした訳です。(しかしその啄木の夢も、いくつかの理由ですぐに頓挫してしまいますが・・・。)
 中津川を文化橋まで歩いたなら、中央公民館の御楽園跡を見物し、それから寺町通りの方へと行ってみましょう。寺町通りは、南部鉄器の街路灯やケヤキの大木が通りを彩る道で、寺院の塀に沿って石畳風の歩道が続いています。報恩寺の五百羅漢や、鬼の手形が残るといわれている三ツ石神社なんかも見てみてください。寺町通りをブラブラ歩けば、でんでんむし号のバス停「本町通り一丁目」辺りに出ます。
 また、でんでんむし号に乗り、次は「啄木新婚の家口」という停留所で下りてみましょう。すぐ近くにある、石川啄木が新婚生活の一ヶ月間を過ごしたという家を見学して、その質素な佇まいに思いを馳せますか? わりと広いじゃんと思うでしょうか・・・。そこから今度は駅の方へ、北上川沿いの材木町へと、ちょっと入りますと、光原社という建物があります。そこは、今は喫茶店でもありますが、かつては宮沢賢治の『注文の多い料理店』を世に出した出版社でありました。童話の世界を出現させたようなその建物に着く頃には、きっと夕方になっているかと思います。バスか徒歩で盛岡駅まで戻って、モリーオ市の小さな旅は終わりです。
 啄木は26歳、賢治は37歳という若さで亡<なりました。まさに駆け抜けるようにして生きた二人ですが、その青春時代をそれぞれが盛岡という街を舞台に過ごしたというのは、なんだか不思議なことではありませんか。啄木・賢治が愛した盛岡の街には、二人の魂と情熱が、今でも宿っているかのようです。皆さんも気が向いたらぜひ、盛岡を訪れてみてはいかがでしょうか。

(追記。このコラムのタイトル「なめとこ山」とは、宮沢賢治の小説「なめとこ山の熊」から取ったものです。なめとこ山は、賢治の頭の中にある山で、地図には載っていません。でもきっと、イーハトーブのどこかにある山なんです。)

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