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2001.04.30

スーパー・トイズ

Supertoy

 ブライアン・オールディス 著、中俣真知子 訳。竹書房。ブライアン・オールディスなんて読むのは、久しぶりだ。本棚の文庫本の中に、「地球の長い午後」が眠っている。それを読んだのは、中学の頃か、高校の頃か。あの頃は、SF小説に夢中になっていた。この「スーパートイズ」も、最初に発表されたのは1969年ということで、ずいぶん前の話である。今回出版された単行本は、オールディスの短編集という形になっているが、「スーパートイズ」以外の話は、出来にばらつきがあるように感じた。とにかく、「スーパートイズ」を読むために買えばいい本であった。何十年も前に書かれたものでも、いいものはいいのであって、それは新しくさえある。そのことをもうすぐ、スピルバーグが証明してくれるのであろう。
 「『スーパートイズ』は、何をやっても母親を喜ばせることの出来ない少年の話だ。」本のあとがきで、オールディスがそう書いている。少年は、自分が何ものであるかに、気づいていない。「ぼくは人間だよ、ママ。ママを愛してるし、ほんとの人間みたいにかなしいんだ。だから、きっとぼくは人間だよ・・・そうでしょ?」デイヴィッド少年のこの言葉は、現代を生きる私たちに、多くのことを問いかける。愛しているから人間か。悲しいから人間なのか。・・・。ではもし、感情を持ったアンドロイドが作られるようになったら、何をもってして人間、と言えるのであろうか。映画「ブレードランナー」に登場するレプリカント(アンドロイド)のレイチェルは、子供の頃の記憶まで組み込まれていて、彼女も、自分がレプリカントであることを知らない。(その原作本であるP・K・ディックの小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」も、68年の本ということだ。)もしかしたら近い将来、人間かレプリカントかを見分ける職業であるブレードランナーが、本当に仕事を始める時代が、来るのかもしれない。「スーパートイズ」では、デイヴィッドは、あるものを見て、自分が何ものであるのかを心の底から理解することになる。(これは、教えない方がいいのかな。)そこから考えると、自分とは、かけがえのないただ一人の自分なんだって思えた時に、人間は人間なんだって、言えるのかもしれないって、思った。

 「E.T.」は1982年の映画で、その公開時、俺らは中学生になりたての頃だったろうか。友人の中には女の子を誘って映画に出かけたやつもいて、彼女よりも先に泣き出してしまったという話を聞いたりもした。「E.T.」は、心優しい、エイリアンの話だった。そして、6月末公開の映画「A.I.」は、心優しい、スーパートイズの話である。

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