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2000年12月

2000.12.09

アンジェラの灰

Angelasashes

 多感な少年時代をどう過ごすか。それは人によってそれぞれだけれど、それぞれと言いながらも、なんだかやっぱり、みんな同じようなことをして過ごすのかもしれない。よほど貧しくない限り、冬に家中の者が寒さに凍えるということはないだろうし、よほど覚悟を決めなければ、友達が学校に行っているときに自分は屋久島で遭難しているということはないだろう。
 「アンジェラの灰」アラン・パーカー監督作品。アイルランドのある家族の話。これがとことん貧しい家族なのだ。その貧しさゆえに、何人もの兄弟は死んでいく。飲んだくれのダメおやじは、やがて家族を捨ててしまう。しかし主人公のフランクは、図太くたくましく育っていく。何人も人が死ぬのに暗さがない、不思議な映画。惨めで汚いあんな生活の、どこに希望を見いだしているのだろう。いや、希望なんかない。映画の終わりの方で、アメリカに旅立つフランクのために親戚が集まる。そしてその日は月蝕だった。「こりゃ、いい前触れだ、フランキー。」とおじさんが言うと、「悪いしるしよ。世界の終わりに備えているのよ。」とおばさんが言う。そこに希望があってもなくても、フランクは月を見上げている。そこにあるのは、進む力、生きる力だけだ。そんな映画だよ。潔癖性の人には、おすすめできない。ていうか、特にイチオシってわけではないけれど、俺より悲惨な少年時代を送ったやつなんかいるもんかとすねている人に、おすすめ。あと、アラン・パーカーのファンなら。(「エンゼル・ハート」や、「バーディ」にはまった人なら。)

 この後、山田洋次監督の「十五才」も見に行った。日本の映画だなぁって思った。安心して、泣いてください。あ、あんまり期待しないで見た方が、いいかもしれない。学校シリーズは、定時制、養護学校、職業訓練校、と来て、今回は不登校の少年を取り上げている。見終わって、学校が人を育てるんじゃなくて、人が人を育てるんだなぁって、それはわかりきっていることなのだけれど、改めて、大切なことなんだなぁって、思ったよ。主人公の少年が、好きな女の子のことを語るシーンで、「その子に幸せになって欲しいなぁと思うと、胸が高まってきて、それでこっちも幸せになれる。」というようなことを言っていた。あ、同じだって、思った。一人前になるって、どういうことか。(ディランは、その答えは風に吹かれているって言っていたけれど、)縄文杉に触ればわかるかなぁって気のする人は、ぜひ。ゆっくり生きればいいんだよね。立ち止まっても、また歩き出せばいい。そういうメッセージの込められた、いい映画だった。

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